3年ぶりにBUMP OF CHICKENのライブに行った話
今年が終わった。
終わっていないけれど、事実上終わったかのようにぼんやり過ごしている。
奇跡的にチケットが取れて、BUMP OF CHICKENのライブに三年ぶりに行った。
BUMP OF CHICKENといえば、今では「朝ドラ」「ポケモン」「SPY×FAMILY」「すみっこぐらし」など数多のタイアップをし、紅白歌合戦にも出場し、ライブをすれば野球場やサッカー場という最大規模の会場を複数日満席にするほどの人気を誇る。国民的アーティストの一組といっても過言ではないと思う。しかし、わたしが大学生の2005年頃は、「天体観測は知っているけど」「ワンピースの」というバンドであり、アルバムを聴いている人はまわりにほとんどいなかった。わたしはドラマもあまり見ていなかったので、天体観測すら知らなかった。(以下見出し以外はBUMP OF CHICKEN=略称の「BUMP」と記載します。約4,000字、長々書いていますが、当日の話は2(5)と3のみです)
1、BUMP OF CHICKENとの出会い
2002年、海外研修に行ったときに、メンバーの一人がBUMPの大ファンだった。彼女になぜか曲当てクイズをさせられるも、一曲も(なんならワンフレーズも)知らず、「何で知らないの!?」と呆れられた。「BUMPファンともクイズ出しても言っていないのに、理不尽!」とは思ったが、マイペースで面白い人だったので、彼女のおかげでBUMPというバンドが存在することは知っていた。聴くまでに至らなかったが。
つぎは2005年夏、当時付き合っていた男性の一番好きなアーティストがBUMPだった。彼はBUMPがカバーしたバンド(the Pillows)まで熱心に聴いたり、黒猫を飼っていたり、視力が悪いけれど眼鏡をかけないで過ごしたり、ボーカルギターの藤原基央さんを意識して行動するほど惚れ込んでいた。「一つ手に入れたら一つ失うんだ」と思考も歌詞に侵食されていた。彼がアルバム4枚を貸してくれて、聴いて好きになったが、彼とはその年の秋に別れてしまった。
2、BUMP OF CHICKENが人生を変える
(1)恋人ができる
恋人の影響で音楽を聴く、というのはわりとよくある出来事だと思う。前述の男性と別れて元彼となっても、音楽を聴くという趣味は継続していた。BUMPは何も悪くないが、元彼色が強すぎて、なんとなく聞きづらくなっていた。違うアーティストも聞いてみたいと思うものの、音楽好きの友達もいなく、CDショップも遠くきっかけがなかった。たまたまケーブルテレビでロッキンの冬フェスを放送していて、それを見て、気になるアーティストをいくつか聞き出した。大学の春休み、短期アルバイトの傍らライブにも行くようになり、彼と別れて半年後には音楽鑑賞が好きといえるくらいになっていた。
2006年春、わたしは新たな春~秋のアルバイトに申し込み採用された。そこに短期バイトで一緒だった、色白・やせ型・塩顔の藤原基央さん系の男性が現れた。(以下、塩顔氏とします。)なんどか世間話をしていているうちに、塩顔氏が元彼と同じ学科で、元彼と同じ中間子で、元彼と同じBUMPファンだと知る。元彼と塩顔氏は境遇は似ていたが、メンヘラ気質の元彼と雰囲気はずいぶん違って、顔立ちのようにさっぱりしていた。そのバイト先は半分以上が男性だった。彼らは美人に甘く、わたしのようなそれなりの人は正直あまり優しくなかった。「職場恋愛禁止」と銘打っていたくせに、社員がバイトに手を出し、二股をかける猛者もいて、どろどろのコミュニティ内恋愛があった。塩顔氏は誰ともそういう関係になく、また容姿の良し悪しにかかわらず皆に平等に接しているところが好きだった。ウェット職場が苦手なわたしは、この職場のなかではかなりドライな塩顔氏が好きで、打ち合わせ時や飲み会などは狙って近くの席に座るようにしていた。塩顔氏もまた、BUMPを好きな人が近くにいなかったようで、BUMPつながりでそこそこしゃべれるようになった。夏ころ、塩顔氏が春~秋の短期バイトをやめることを知り「もう会えないかもしれないし、職場恋愛じゃなくなるなら」と勢い余って告白した。BUMPは元彼色から、塩顔色に染まり、再び聴き始める。
(2)結婚ができる
この塩顔氏は恋人になり、遠距離恋愛をしながら数年交際した。わたしは元彼の呪いなのか結婚と仕事の両立は難しいと考えていた。「結婚したら仕事辞めるのかな」と考えていたが「どっちもやればいいのでは?」と塩顔氏にぽろっと言われた。ああそれもそうだと「会社の制度で結婚して配偶者のいるエリアに異動できる制度があるから、使うため結婚しよう」と電話で雑なプロポーズをし「わかった、じゃあいつにする?」と事務的な了承をもらい入籍する。その後異動希望が無事叶った。(塩顔氏、以下夫とします。)結婚式には夫の強い希望でBUMPの登場曲(theWhoのA Quick One, While He's Away、ざっくりいうと浮気の歌)を流した。
(3)夫に趣味(ライブ)ができる
2013年7月、夫の住む関東に異動が決まり同居を始めた。BUMPが千葉のマリンスタジアムで8月にライブを開催することを知った。夫はライブDVDを買って観るのが好きだったが、ライブには行ったことがなかった。「夫くん!このライブは平日だし、会場は大きいし、CDを買わないと応募できないから倍率そこまで高くないと思うよ!申し込んだら?」とそそのかした。わたしの予感は的中し、当選した。物販(アーティストのTシャツやタオルなどの物品を販売すること)で3時間くらい並んでヘロヘロになったが、グラウンドのかなり前のほうの良ブロックで最高のライブがみられた。このライブはMV(ミュージックビデオ)にも使われた。夫も感動したようで、それ以降、能動的にライブ情報を見て、行けそうな日程・会場があれば自ら申し込むようになった。
(4)推しができる
あれから何回かBUMPのライブに行った。しかし音楽を聴く習慣がなくなり、ライブでも知らない曲が多くなってしまい、当時ほどの熱量を持てなくなっていた。わたしは職場で電話を一日2~3時間しているので、これ以上耳の近くで音を聞いていたら難聴になりそうという理由で通勤時間の音楽鑑賞をやめていた。iPadやiPhoneでは音質がいまいちだし、高いイヤホンやスピーカーを買うほどでもないという理由で家での音楽鑑賞もやめた。コロナ禍で感染が怖いので、さいごまで残っていた音楽趣味のひとりカラオケに行くのもやめた。このまま音楽を聴かない人になるのかなと少し悲しかった。
2022年4月、わたしは体調を崩した。HSP疑惑があり、ノイズキャンセリングイヤホンがおすすめと聞き、約12,000円の機種を購入した。出先で騒音対策に使用していたが、室内で、iTunesに入れたけどもあまり聴いていなかった曲を聴いてみた。すると、これまであまりはまらなかった楽曲のよさに気がついた。8月に12月13日のライブに当選し、10月からツアーが始まった。おおよそのセットリスト(演奏曲)がわかったので、今回はその曲たちを重点的に聴いた。・・・BUMP OF CHICKEN、めっちゃいい!「K」の絵描きは黒猫の絵しか描いてなくて全然売れてないなんて、黒猫も超けなげ!と聞くたび未だに泣いてしまう。(夫には、今更!?と若干引かれたが)。藤原基央さんは、生きづらい人たちにそっと優しい言葉を、歌をくれていたことに気が付いて、今まで以上に好きになった。身近な人が好きなバンドから、私自身が大好きなバンドになった。BUMPのライブに行くことが当面の目標になった。
(5)生きる力をもらう
秋からは、ライブに全集中だった。note絶ちをして、資格試験も一発合格した。ライブ中に資格のことを考えたくなかったから(あとポケモンがやりたかったから)自分を追い込んだ。ワクチン接種も「ライブの12月13日に抗体ができている」ように逆算して11月に接種した。夫は、定時退社しても物販には間に合いそうとのことで、「当日ライブに集中できるよう、前日物販だけ行ってくる」と言い、Tシャツ、タオル、わたしが依頼したアクリルスタンドを購入して帰ってきた。空いているトイレも調べてくれていた。
当日(会場のZepp Hanedaの最寄り駅のある京急線が比較的使いやすい)横浜市民でよかったと心底思いながら会場へ向かった。仕事を早退してきた夫と途中合流し、会場の一つ隣の駅の羽田空港のカフェで少し休んで会場に向かった。
Zeppは2012年の札幌で入って以来10年ぶりだったので、ドリンク代が値上がりしているとか、ドリンク代の小銭は準備不要(Suicaで払える)とか、当時と変わっていて驚いた。これまでBUMPは野球場やサッカー場、アリーナといわれる大規模会場で見たことしかなかったので、2階席ですらステージに近くて改めて驚いた。
19時すぎ、4人がステージに上がった。藤原基央さんは、「みんな心身大丈夫?体調が悪くなったら手を挙げてね、スタッフが助けるから」と会場にいるわたしたちを気遣ってくれた。「あ、心身の「心」は元気じゃなくても大丈夫」と付け加えてくれた。ここまで来るのに、少しやましい気持ちがあった。メンタルダウンしていたから。体調悪いって言いながら、ライブ会場には行けるの?って聞かれたら、どうしようと思っていた。そうだよね。ハートに包帯巻いていってもいいんだね。と曲が始まる前から心がすっと楽になった。
今回はレコ発ツアーではなかったので、新旧入り混じった最高のセットリストだった。(レコ発=レコード発売の略。アルバムを発売すると、アルバムの曲を中心に演奏しがち。)声だし禁止だから、彼らの音に、歌に集中できてよかった。本来観客が歌うパートはそのままにしてくれて、心のなかで一生懸命歌った。人生初アルエも聞けた。アンコールも2回あったが、あっという間に終わった。人生でもっとも短く感じた2時間だったかもしれない。帰り、ファミレスで夫と感想を言い合って帰った。このライブは生涯一番になるかもしれない、と。歌詞を変えて歌った部分も、MCも一字一句書き留めておきたいくらいの素晴らしいライブだったので、この公演をDVD販売してほしい。
3、おまけ:あらためて、ナタリーってすごい
当日の23:35にナタリーのライブレポートが更新されていた。公演が終わったのが21:10頃で、そこから約2時間でここまでの熱量と情報量を書き上げて(誰かがダブルチェックして承認して?)アップしているということである。どこで書くんだろう。どうやって覚えているんだろう。一時期「音楽文を書きたい」とか「ロッキンオンで働きたい」とか思っていた時期があったが、余韻に浸りすぎるタイプには不向きかもしれない。