捨てられない祖母
いつも、祖母の家に行く度、昔の服をもらう。
祖母の家の一部屋は、昔の服やバッグがパンパンに詰まったダンボールがいくつも積まれ、まるで店の在庫のようになっている。
祖母の服のセンスは、かなり微妙だ。
どう考えてもシニア向けのおばさんっぽいビラビラした服や、大きな肩パットが入った時代を感じさせる服、胸元にCool, it's all good!と描かれたダサさを全面に出していくスタイルのTシャツなどを、これ、可愛いでしょ?、と勧めてくる。
お世辞にも、センスが良いとは言い難い。
ある日、祖母の家に行った日のこと。
祖母は奥に引っ込むと、大きな袋を持って戻ってきた。
袋から、ザブザブと沢山の服を取り出し、山盛りにすると、ニコニコした顔で私を見た。
「この中なら、どれが着れそう?」
ああ、また来たな、と覚悟を決め、私は、掘り出し物のないその山の中から一枚ずつ服を取り出し、丁寧に見ていった。
「ううん、これ、惜しいなぁ。ブランド物だしカシミヤだし。でも、首のところ、ほつれちゃってる」
「ええ、そう?あらあ、ダメかしら」
「ちょっと、これは目立つかなぁ」
本当は、別にいらないのだが、山の中では一番マシな現代風の服を選び、しかし、ほつれているのではしょうがない、と祖母に伝えた。
すると、祖母は、まったくしょうがないわねぇ、と言いたげに首を傾げて言った。
「あらぁ。うーん、わかった。じゃあ今度来るときまでに直しとくわ」
ええ…そんな、いらないんだけどな…
とは言えず、
うーん、そう?
とだけ言って祖母の家を後にした。
次に祖母の家にいった時のこと。
「あーちゃん、パンツいる?」
祖母が出して着たのは何故か太ももの部分にはゴムが入っているのに、ウエストのゴムが入っていない綿のパンツだった。
何故?
むしろ、そんなパンツをどこで買ったのだろう。
「ううん、おばあちゃん、このパンツ、ウエストのゴム入ってないみたいだし、履いても落ちてきちゃうよ」
ウエストのゴム以前に、太ももにゴムが入っている綿のパンツは小学生以前の子供が履くパンツだ。
だが、祖母を傷つけないように、とりあえず、どう考えてもそれは受け取れない、という理由を言った。
「うーん、じゃあ、次来る時までにゴム入れとくから」
「ええっ」
祖母は前回のように再び奥に引っ込み、また山盛りの服を持って来た。
そして、何やら嬉しそうな顔で私を見る。
なんだろう。
祖母が手に持っていたのは、前回のカシミヤのセーターだった。
「ほらほら、見て。ここ、直しといたわよ」
祖母はウフフと笑った。
おお。
本当に直しちゃったの…流石、祖母。仕事が早い。
「ありがとう」
私は首のほつれが綺麗に直ったカシミヤのセーターを受け取った。背に腹はかえられぬ。
「ほらほら、まだいっぱいあるよ。これなんかどう?」
祖母は、服の山からピンクのブラウスを一枚取り出した。
「可愛いでしょ?」
可愛いには違いないが、ブリブリのリボンとレースに彩られたそのブラウスは、あまりにも、恥ずかしいくらい可愛かった。
「うんん、そうだねぇ…これの白とかだったら着るかも知れないんだけどねえ…」
白がないから仕方がない、という展開を期待していたのだが、そうはいかなかった。
「白?あるわよ」
「ええっ」
あるの?
祖母は、山の中から、全く同じデザインの色違いのブラウスを取り出した。
「これでどうだ」
これなら文句なしだろうと言わんばかりの誇らしげな顔である。
うわあ、なんであるの?
品揃えが豊富すぎて、もはや店である。
「ああ…うん、じゃあ、もらうわ」
私の負けだった。
次に勧めてきたのは、どう見ても私には大きいサイズで、派手な花柄の、60代くらいで着るのにちょうどいい、テロテロしたポリエステル製のブラウスだった。
「ううん、これは大きいな」
私は、あえてデザインには触れず、サイズが合わないから仕方ない、と主張した。
「あら、そう?」
祖母は、何やら腑に落ちないといった様子だ。
「うん、本当にMサイズ?」
「あらぁ、知らないの?最近のMは大きいのよ!」
「ええっ、そうなの?」
「そうよ!」
「そうなんだ…」
最近のMサイズが大きいってどういうこと?
Mって、変わったの?
最近とはいつのことだろう?
頭の中に様々な疑問が渦巻いたが、祖母はどこから湧き出ているのか知れない自信で満々である。
「うーん、でもこれは…」
これは、どう考えても、着ない気がする。
「じゃあ、一応もらってもいいんだけど、着なかったら捨てちゃうかもだけどいい?」
「え〜、うーん…」
祖母は納得できないらしく、うんうんと唸った。
「あ、わかった!」
なんだろう、何か知らないがわかって欲しくなかった。
「じゃあさ、あーちゃんは着ないかも知れないけど、あーちゃんのお友達とか、着るんじゃない?」
祖母は如何にも名案というような顔でそう言った。
「いやぁ…」
「ね、そうしなさいよ。聞いてみないと、もしかしたら着るって言うかも知れないし!」
私と同年代の友達は皆二十代。服を買うのも、渋谷や新宿のアパレルショップだ。
正直、孫の私だから渋々受け取っているが、赤の他人なら尚更いらないだろう。
と思ったが、言えず、祖母の圧に押されて、絶対着ないであろうその服をもらってしまった。
服選びが終わると、もう夕飯の時間である。
祖父母は5時に夕飯を食べ、7時すぎにはもう床に就く。
祖父母の家では、例えお腹が空いてなくても、5時には夕飯を食べなくてはならない。
「あら、もうすぐごはんの時間よ〜。お腹空いてる?何が良い?」
「うーん、そんなに空いてないけど…」
「ええ、空いてない?あらぁ、大丈夫?食欲ないの?」
「いや、いつもごはんは7時すぎに食べるから…」
「あら、そんなに遅いの?7時すぎといったらもう寝る時間よ〜」
流石、押しが強い。
「じゃあ、お魚とお肉、どっちがいい?」
うーん、と悩みながら、台所にいる祖母の側に近づいてみると、何やら魚の料理らしきものがフライパンに入っている。
最早、選択肢などなかった。
「じゃあ、お魚が食べたいかな」
「お魚ね!あーちゃんは、お魚好きな人だったわねぇ。バッチリ。もう出来てるわ」
「え、もう?」
「昼のうちに煮付けてあったの、鰈。あと、じいさまがそこのスーパーで、お寿司買ってきたからねぇ、食べよう」
「ええ、すごいね」
私たちは、5時に鰈の煮付けとスーパーのお寿司をつまみながら、科捜研の女の再放送を観た。
祖母は終始テレビには目もくれずに、私の皿にどんどん寿司を乗せたり、おいしいわねぇ、と言ったりしていた。
科捜研の女はほぼラジオみたいなものだった。
夕飯が終わって、後片付けをしていた時、スーパーのお寿司が載っていたプラスチックのトレイを捨てようとすると、祖母が慌てた様子で言った。
「あーちゃん、それ、捨てないで!」
「え?」
「綺麗な模様が付いてるし、何かに使えるかもしれないじゃない?」
「あ、そう…」
これ、使うの?絶対いらないでしょ…
とは思ったが、私はその花柄のプラスチックのトレイをよけておいた。
祖母は面白い。
ちょっとおかしくて、面白くて、ツッコミどころが満載だが、なんだかんだ言って、私は結局、祖母が大好きだ。
祖母の家に行くたびに、いつも何だかちょっと驚かされるけれど。