Akane
女たちの詰め合わせ
頭の中がどうなってるのかわからない。 でもお酒の力は偉大で、今の自分の孤独とか惨めさとか、全部ふわっとさせてくれる。 色々忘れたいことはあったけど、今は酒のせいで分からない。 結局のところ、私にとってそれは薬みたいなものだ。 見たくない現実を忘れさせてくれる特効薬みたいなもので、辛ければ辛いほど、効き目が強い。 私が忘れたいことは、本当は自分自身の不甲斐なさとか自尊心のなさなのだと思う。けれど、それに気づいている自分に気づきたくなくて、私はいつもどこかに飲む理由を求めて
いつも、祖母の家に行く度、昔の服をもらう。 祖母の家の一部屋は、昔の服やバッグがパンパンに詰まったダンボールがいくつも積まれ、まるで店の在庫のようになっている。 祖母の服のセンスは、かなり微妙だ。 どう考えてもシニア向けのおばさんっぽいビラビラした服や、大きな肩パットが入った時代を感じさせる服、胸元にCool, it's all good!と描かれたダサさを全面に出していくスタイルのTシャツなどを、これ、可愛いでしょ?、と勧めてくる。 お世辞にも、センスが良いとは言い難い。
河豚は、かの徳川家康をして、毒にあたって死んでも構わないから食べたいと言わしめたほどの美味な魚である。 河豚が食べたい クリスマスが近づくと、街は華やかになる。 街中に浮かれた音楽が流れ、ツリーやイルミネーションがピカピカ光り、普段と違う恋人たちのロマンチックな雰囲気が漂う。 クリスマスの定番の食事といえば、ホテルやレストランでのクリスマスディナー、サンタクロースの砂糖菓子が乗ったクリスマスケーキ、大きな鶏の丸焼きなどであるが、私にとってのクリスマスは、圧倒的に河豚である
ローズ・オルティスは、裕福な家庭に生まれた。 ローズが生まれて間もなく、祖父が他界し、父は会社を引き継いだ。 ローズは優しい父と母の元で何不自由なく育てられた。 ローズは、幼い頃から才能に溢れていた。美術と音楽が得意だった。ローズの絵や彫刻は、毎回コンクールで賞をもらい、合唱祭ではピアノ伴奏者になった。母は、ローズをピアニストにしたかった。 15才になったローズは相変わらず才能豊かで、将来は、画家になりたいと思っていた。 1度目の引っ越しをしたのはその頃だった。両親は
気持ちが悪かった。 久しぶりに電車に乗った。男友達と飲みに行った帰りだった。電車に乗るのが非日常だという感覚が、気持ち悪かった。私は、それほどまでに外に出ない生活を送っていたということを、今の初めて自覚した。 今夜は、新宿二丁目のゲイバーとメイド喫茶に行った。大いに酒を飲んだ。 でも、そんな日常から掛け離れた異世界よりも、この電車の方が異世界だと感じられた。 私は、学生の頃聴いていたビートルズなんかの洋楽を聴きながら、友達の家に泊めてもらおうかと、酔いが回ったボケた頭で考えた
彼氏と楽しくデートして、じゃあバイバイと駅で別れてから、家まで歩いてたったの10分だった。一人で夜道を歩き始めて5分足らずで、昨日観た映画のワンシーンを思い出した。 もう、無理だと思う。僕たちもう終わったんだよ。 二股をして、四年間付き合った優しい彼氏と別れた女が、今度は二股相手に二股され全て失い、元彼に復縁を迫る。 お願いだから私を一人にしないで、失ったものの大切さにやっと気づいたの、と。 涙ながらに訴える女に、男は厳しい眼をしてこう告げ、新しい女の元へ帰って行く。
懐かしい。 透子は、ひとり喫茶店で紅茶を飲んでいた。ティーカップは一点の曇りもなく真っ白で、中で揺れる焦げ茶色の液体からは湯気が立ち上り、香ばしい香りが漂う。店内にはショパンのワルツが流れている。透子が小学生の頃、発表会で弾いた曲だ。 透子はこの喫茶店の事をよく知っていた。どの人が店員で、どの人がアルバイトなのか顔を見るだけで分かった。ここが、オーケストラでもカルテットでもピアノコンチェルトでもなく、ピアノソロの、しかもショパンばかりを流していることを知っていた。窓際のカウン
何をしたいのかわからなくなってくる。 家に帰りたくない。 私、何してるんだろう。ふと、そう思った。 ハローワークに失業手当の手続きに行った帰りだった。 駅のホームで、椅子に座ったまま、足が動かなくなった。家に帰る気が起きず、漠然とした不安感に押し潰されそうになる。 昨日も母に、うちの家計は火の車だと言われたばかりだ。 ぼうっと宙を眺めているうちに、目頭が熱くなってきて、あわてて目を瞬かせた。だめだめ、おかしな人だと思われてしまう。 こんな時、彼に電話でもかければ良いの
めしという映画を観た。林芙美子原作、1951年の成瀬巳喜男監督作品だ。主演は、原節子だった。 あらすじは以下の通り。(結末も含みます) 親の反対を押し切って初之輔と結婚した三千代は、結婚生活5年目を迎えたが、家事に追われ、家計をやりくりするのに精一杯の毎日。他所から見れば幸福な夫婦に見えるが、夫婦仲は冷え切っており、初之輔は口を開けば「めし」のことしか言わない。 そんな折、東京から家出して来た姪の里子が大阪へとやってくる。献身的に妻としての役目を果たして来た三千代をよそに
夏と言えば、祖母の家だ。 祖母の家は、涼しくて、畳の床で、スイカやアイスクリームが山程あって、縁側では風鈴が鳴り、いつも賑やかだった。 私はおばあちゃん子だった。おばあちゃんちに行くよ、と聞けば、心を踊らせ、早々に身支度を済ませて待機し、それどころか、何も用がないのに勝手におばあちゃんちに行ってしまうことさえあるような子供だった。 祖母は、とても可愛くて、優しくて、いつもニコニコ笑顔の人だ。 怒られたことは一度もない。 キラキラした物や、お花や、ふわふわが大好きで、身に付
バグダッドカフェという映画を観た。この映画をご存知だろうか。 大まかなあらすじは以下の通り。(結末も含みます) 砂漠の真ん中でガソリンスタンド兼モーテル兼カフェを営むブレンダは、金を稼がない夫、遊び回る娘、下手なピアノばかり弾く息子に、壊れたコーヒーメーカー、やる気のないスタッフ、散らかった部屋、何もかもに対してイライラしていて不機嫌だ。 風変わりな人たちが集まり、気だるい雰囲気を醸し出していたその場所へ、異国からの旅行者ヤスミンがやって来る。滅多に来ないモーテルへの客に
私には好きな人がいる。 学生の頃の初恋の人だ。そんな人のことをまだ好きなのかと、呆れられるのは承知の上だが、本当に忘れられないのだから仕方がない。 あの頃から、もう数え切れないほどの年月が経つ。しかし、新しい良い人が出来ても、私は彼から逃れられない。 ああ、彼だったらこういう風にするのに。 こんな話もできるのに。 こうしても平気なのに。 だから、いけないと分かっていても会いたくて堪らなくなってしまう。 彼とは、デートくらいは出来ても、将来一緒になることは出来ない間柄だった
中学の頃、同じ制服なのに、やけに良い香りのする友達がいた。 柔軟剤の香りだった。 それが、どこの何という柔軟剤なのか知らなかったが、いつも、いいなぁと思っていた。まるでその甘さが、女の子の象徴みたいに思えたからだ。 うちだってそれなりに良い香りのする柔軟剤を使っていたはずだった。確か、薔薇だか何だかの香りのちょっと高い柔軟剤だ。その証拠に、洗濯したての制服のセーターは、お花畑みたいに良い香りがしていた。けれど、その香りは翌日、学校に着て行く頃にはなくなっていた。もはや、セ
小さい頃、いじめられていた。 どうしていじめられたのかといえば、私の性格が問題だったからだと思う。私は、誰かに褒められたい、認められたいと思うと同時に、人に嫌われるのが病的に怖かった。調子の良いことをよく言って、周りの友達にちょっと受け入れられたと感じると、調子に乗り過ぎておかしな事をした。私と仲良くしたい子なんて、いなかった。出しゃばれば、恥をかかされ、陰口も叩かれる。 いつも日陰のタイプだったけれど、本当は日向の子達に憧れていた。そっち側に行きたかった。それが、皆んなに認