ダウニー
中学の頃、同じ制服なのに、やけに良い香りのする友達がいた。
柔軟剤の香りだった。
それが、どこの何という柔軟剤なのか知らなかったが、いつも、いいなぁと思っていた。まるでその甘さが、女の子の象徴みたいに思えたからだ。
うちだってそれなりに良い香りのする柔軟剤を使っていたはずだった。確か、薔薇だか何だかの香りのちょっと高い柔軟剤だ。その証拠に、洗濯したての制服のセーターは、お花畑みたいに良い香りがしていた。けれど、その香りは翌日、学校に着て行く頃にはなくなっていた。もはや、セーターを顔に押し付けるとかろうじて分かる程度にしか残っていないのだった。
その柔軟剤が海外製の、ダウニーという柔軟剤だと知るまで、一年くらいかかった。私がダウニーを知ったのは、その友達が会話の中で何かの拍子に口にしたからだった。
それから間もなく、偶然にも、色々な海外製のものを安く大量買いしていた母が、そのダウニーを買って来た。私は、初めて、憧れの女の子の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
なんて良い香り。まるでお花畑の中で、フランスの淡い色をしたカラフルなお菓子を食べているような、いつもあの子から漂ってくる甘い香りだ。
翌日、私のセーターは甘くてミルキーなかわいらしい香りを放っていた。ダウニーの香りの友達は、同じ香りのする私にすぐ気が付いた。まるで、広い森の中で仲間を見つけた動物のようだった。悪い気はしなかった。
けれど、何日か経つと、だんだんそんなに良い香りとも思えなくなってきた。寝ても覚めてもその甘ったるい香りは鼻にこびりついたように離れない。特に、取り込んだばかりの洗濯物は、うっと込み上げてくるものがあるくらい強烈な香りがした。私だけでなく、母も顔をしかめつつあった。
女の子でいるということは、時として苦痛を伴う。いい香りの友達は、一年中この香りに付きまとわれているのだ。私はやっとそれを理解した。
実は、ダウニーの香りは、ちょっと気分が悪くなりそうな程、強い。それを知ってか知らずか、ダウニーは容器の底が近づくにつれ、その効力を失っていった。恐らく、香料が下の方までちゃんと混ざっていなかったのだろうが、それが私たちにとっては有り難かった。
今となっては、ダウニー、と聞いて最初に思い浮かべるのは、ハリウッド俳優のロバート・ダウニー・Jr.だ。
あの頃の私と違い、女の子らしさは失われてしまったが、ロバート・ダウニー・Jr.のアイアンマンは面白いし、最新の映画、アベンジャーズ・インフィニティウォーも観に行った。
私の弟も、大学生になるというのに、アイアンマン描いて、とせがんでくるくらい、ロバート・ダウニー・Jr.は我が家で人気を博している。その昔、幼稚園児だった弟に、アンパンマン描いて、とせがまれたのをぼんやりと思い出す。あの頃のように、おやつのチーズタルトを食べながら、私は裏紙にアイアンマンのダウニーを描く。ダウニーの香りは、ロバート・ダウニー・Jr.ような男らしい香りに変貌を遂げていた。