日記:20241116「作者と作品の関係」
今日は病院。移動中は絵をかいていた。Twitterでおなじみの猫の画像をうえからなぞり着彩しただけ。怒っているけどかわいすぎてぜんぜんこわくない猫。
帰宅後は小説の推敲。さすがになんどもよみかえしているためなんともおもわない。味のしないガムみたいなものだ。それに自分でもよくわからない記述がある。執筆中は夢中で書いているんだけど……むしろ《夢中》で書いているからだろうか。夢からさめるとなにがなんだかわからなくなる。夢でみたこともわすれてしまう。へんなかんじだ。おんなじものを書けといわれたら絶対に書けないし、自分がどうしてこれを書けたのかもわからない。そうかんがえると他人が書いたもののようにもおもえてくる。こういう感覚は自分の病気とも関係しているのかもしれない。
作品と作者はきりはなせない。とはいえ病的な作品の作者が病気かというとそうでもないし、異常な作品の作者が異常かというとそうでもない。作品と作者の関係はそこまで単純ではない。しかしやはり無関係ともいえない。特に自分の場合は《作品内の私》と《作品外の私》の関係が複雑でここにどうしようもなくこじれたものがある。それは他人だけども自分ともいえ、自分だけども他人ともいえる。