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不安定 でも体が頑張っている証
こんにちは、アルゴンでございます。
いかがお過ごしでしょうか?
最近、B型で少し環境が変わってから、体が少しおかしい感じに。
B型の前日になると、緊張状態、鬱気味になる。涙が出る事も。
でも、それ以外の時は基本元気。
また、食欲ない時もある。(何とか食べられる)
鬱だろうと何度か思っていた。
でも、医師の言葉を今でも耳に刻み込む。
過渡期いわゆる、上昇期間。
飛行機で例えた時、分かりやすかった。上昇している時って不安定。
でも、上昇し終わった後、安定する。
その経験をしたことがある。
まさに、B型に慣れ始めた頃だった。
B型の行き初めは下手すると、3日前から憂鬱になることも・・。
その位、抵抗感と、外に出る怖さがあった。
でも、慣れてきて、薬の変更もあったのか、よく分からないけど、慣れてきた。
工賃(給料)が少しずつ増えるのも私にとっては嬉しかった。
リハビリで行っていたはずなのに、お金を頂けるなんて、有難い。
少量ですが、嬉しい。
自分で稼いだ金額って嬉しくなる。
何に使おうかな?とか考える事もあるくらい。
それが、自分にとって麻薬みたいになってしまった。
健康、リハビリより工賃の方を考える方が増えたことを。
例えば、先生と相談し終わった後、例えば、1時間なら、後何分位やらないと、その金額が貰えないというのがあるのですが、体調悪ければ、体調の方を優先して、やるはずが、工賃の方に傾き、大丈夫ですと無理してやることも。
その時の脳って、委縮していて、緊張状態なんだ。
マイペースに出来ない。
誰かに見張られている、そんな感覚に陥る。
結局、何が大事って体が健康じゃないと意味がない。
勿論、お金も同様に大切だ。
でも、少し減る位で、例えば、鬱再発した!となったら、また、やり直し、いや、休むところから始めなくちゃならない。
今まで積み上げてきた階段から一気に突き放され、奈良の底に落ちる。
そんなんでは意味が無いんだ。
そういう経験をしてから、鬱にかかるのではないか?と。
B型に通うと、鬱になる。
そういう風に脳が不安にかられて、引っ張っていく。
そんな脳が嫌だと思った時、いつも医師の言葉を思い出すようにしている。
体が頑張っている証拠なんだ、慣れようと
次のステップへ階段へと上がる準備だと思うように。
今の時期は、辛い。
でも、体が頑張っているから、それに応じて、休んだり、その分、自分で自分を癒してあげたい。
頑張ったね
偉いよ、私!
生きているだけで偉いよ!
そう思えるように。
だって、発達障害を持っていると、息をするのも辛いと言われるくらい、世の中生きづらい。
尚更、二次障害を持っていると、息すら、吸うの耐えられない、そんな状況の中で生きているんだ。
そう思うと、自分、生きていて凄いな・・。と思うように。
自立はもう少し後に考えようと思う。
妹や他の友達が自立しようとしていて、焦っている自分がいた。
何やっているんだ、自分
責める自分もいた。
涙が出そうになったこともあった。
産まれてきてごめんね。
そう思った時もある。
でも、ある時、父と二人で散歩行く機会があり、会話してた。
私 私いなくなったらどうなるんだろうね
父に言ったんだ。
私 困らないでしょう?(笑)だって私の為に貯めた通帳
使えるしさ(笑) 私の心配しなくて済むんだからさ
お父さんは長生きしてね、働いているし。
お母さんも家事で凄いから。
私は、いなくても平気だと思うよ(笑)
むしろ、荷物扱いなんだから
そう言った時、父が真っ先にこう答えた。
父 そんなことあるもんか。一番お母さんが泣くぞ
私 え?そうかな?
父 そうだよ、アルゴンに対して厳しい所あるし、他の人と比べるけど、
でも、アルゴンがいなくなったら、それこそ、お母さんや
お父さん寂しいぞ。特にお母さんは心配してくれるでしょ?
私 確かに、よく心配する。私が困っていた時とか、泣いている時
真っ先に駆け付けるんだ。風邪ひいたとき、文句言いながらも
リンゴ向いて、切って、一口サイズに。心配してくれて・・。
志望校の内申点に届いたとき、お母さん抱いてくれたんだ
お母さんは覚えていないかもしれないけど、頑張ったねとか
凄いこう私と同じ、いやそれ以上に嬉しそうに頭を撫でてくれて
サボっている時は喝を入れて、私に試練を与えてくれて
自立しなさいも、あれは、私を立派な大人になる為なんだなって
だから、それに応えたいんだ。まだ、長いけど。
父 俺は逆に家にいてほしいと思っちゃうだろうな、そこが駄目
なんだろうな・・。お母さん心配するでしょう?
一番誰よりも家族の事心配しているの母さんなんだから。
散歩で会話したことを記憶に覚えていて、私は涙が出そうだったけど、へらへらしながら言ってました。
私の気分不安定なのは、母に言ったら、
母 多分、鬱じゃないと思うけどね
といっていた。
鬱再発するかもしれないと、色んな子に聞いて、鬱体験者の方にも
聞いたら
それ鬱ではないと思う。
引っ張られているじゃないかな、鬱再発が怖いという概念に。
勿論、医師も薬増やすなんてもってのほかと言われた。
医師 身体が頑張っているんだ。あまり、気にせずにいこうね
気にせずにできないから、困っているですけどねというツッコミをしたかったものの、抑えた。
私に足りないのは、自己肯定感と、気楽にいく力。
まあ、いいっか
この言葉を大事に。
自転車でB型行く際、物事考える際も、なるべく、空を見たり、季節の変わり目だから、そっちに意識したり、走っている人いるんだ、あ、この方達、工事している、お疲れ様
そういう気持ちで、他の方に視点をずらすようにしている。
そうするだけでも、少し気持ちが安定する。
何故なら、自分の事ではなく、他の視点に脳は移動しているから。
後は、もう不安なのは仕方ないと割り切る力。
昼寝もある(;^_^A 寝すぎかもしれないけど、脳はそれで、少しでも休憩になるかなって。
本当はぼーっとしたいけど、意識的にボーっとするのが下手なので(;^_^A
気付いたら寝ていたパターンが多い(;^_^A
落ち込む時は、落ち込んだっていいし、不安がある事で、危機を抑えてくれているんだと。
鬱再発が怖いのは、きっと、鬱がそれほど、怖くて、恐ろしい病気、そして、再発リスクが高いからこそ、二度と経験したくない!という気持ちが大きいからこそ、ちょっとしたことでも敏感になるんだろうなと思った。
でも、そうだからこそ、早めに相談出来て、早く解決できるし、それでも落ち着かないときあるけど(;^_^A
でも、万一かかっても、早めに対処できる。
そこが私の不安の利点かな。