路線図の一番端。
僕は周りから"ウメ"と呼ばれている。
いつから呼ばれていたかわからない、でも気づいたら皆、僕のことを"ウメ"って呼んでいた。
ここだけの話、僕はよく人と人とが別れる場面に遭遇する。
今日もまた、その場面に出くわした。
場所は地元の無人駅。彼らはそこにいた。彼と彼女。二人はそこにいた。
その町はまだ産声を上げない。時折、山の方から聞こえる鶯の声が、少し霧がかったその無人駅を通り過ぎていった。
彼女は券売機の上にある路線図を眺め、彼らがいる駅から1番遠い駅の運賃を探した。1番高い切符。
その切符で行く街を、彼らはよく知らない。
車で1時間ほどにある中都市よりも遠い場所へ彼女は行く。
彼は1番安い入場券を買い、すぐに使うにもかかわらず、大事にダウンジャケットのポケットにしまった。
お目当ての電車が来るまで、あと1時間はある。駅にはこれまでの登場人物以外の人っ気はなく、まるで世界がここだけしかないような感覚をもたらす。
彼女は彼らが過ごした町から、彼らが過ごしたことのない街へと一人で向かっていく。
町を離れることに対して、寂しげな面持ちでありながら、新天地へと向かう楽しみな面持ちが共存する彼女。
彼女が町を離れることに対して、寂しげな面持ちである上に、彼女が遠い存在になってしまうのではないか、と不安げな面持ちが共存する彼。
二人は駅に入場し、中のベンチに並んで腰掛けた。
小さな頃から、一緒できょうだいのように育ってきた二人。互いの家族が可愛がってくれて、家族愛のようなものを感じていたが、それとはまた違う愛だと二人とも同じようなタイミングで気づいた。
これまでの人生を振り返るような話を、二人で電車を待ちながら、した。
まるで、これが今生の別れになるのではないか、というような。
通信技術の普及で、連絡は容易く取れる。しかし、それとはまた次元が違う距離ってのがある。その距離を噛み締めるような、この時間。
少し会話の間が出来た。柔らかな風が吹き、梅の花の匂いが二人の鼻腔を通り抜けた。
「あ、俺のばーちゃんの梅干送ってやるよ。お前は、あれが、大好物だもんな!」
「うるさい」
イジワルな言い方をする彼に対して、つっけんどうな返答をする彼女。
少しの間の後、彼女の瞳からは涙が溢れ出してきた。彼は何も言わず、頭を撫でた。
電車が来た。訪れてほしくない時間は容赦なく訪れる。時を止めることはできない。彼女は立ち上がり、電車の乗降口へ向かう。
彼女が電車に乗り込み、彼の方を見る。
「じゃあ。本当は一緒に行きたかったけど、一足先に行って待っててくれ。俺も一年後に必ず行くから」
「うん。待ってるよ」
電車の扉が閉まる前に、二人を堅く手を握った。
電車の扉が閉まる。2両編成の短い電車。彼女しか乗っていない。
少しずつ動き出す電車。彼は早足で追いかけ、駅の端まで彼女を見送った。
駅を出た彼は、停めていた自転車に跨った。
少し角度のある下り坂。その坂を下るときに感じる風の冷たさで、彼女が行ってしまったことを感じた彼の流した涙を、見守っていた僕は見逃さなかった。
それから幾星霜。二人が別れを体験したのと同じ季節が何度目かの訪れ。
僕が目を覚ましているのはこの時期だけだから、別れの場面によく遭遇するのだ。
僕は“梅”と呼ばれている。
いつから呼ばれていたかわからない、でも気づいたら皆、僕のことを“梅”と呼んでいた。
よく晴れた昼下がり。その駅に見たことがある二人が降り立っていた。
おや、その二人に加えて、珠のような赤子が母の胸に抱かれて眠っているではないか。
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