少女は成った
渋谷の交差点は狂乱とも取れるような喧騒で震えていた。僕のように落ち着いてる人たちもいたが、それは仕事で来ている人や待ち合わせで1人になっている人だけだった。背広を着たサラリーマンは白い吐息を出しながら、早々と街を歩いていた。僕のように誰かを待っている人はみな、スマートフォンに目を向け、他人の視線を遮断させているようだ。僕はぼんやりと上空を眺める。冬特有の澄んだ空気(とはいえ渋谷だけれど)と、雲ひとつない青空。背の高いビル群があった。
僕は震えるはずのないスマートフォンが震えるのを待った。やはり彼女は来ないみたいだった。そんな気はしていたし、僕も期待などしてなかったが、やはりその実感は胸に重くのしかかった。
ため息は白くなって空を舞い、そのまま天高く消える。僕はもう一度空を見た。
天にはぽつりとした点があった。
雲でもない、飛行機などの乗り物の類でもない。
目を凝らしてもしっかりとその点を見ることは出来ない。ただあるだけだ。
網膜に張り付いてしまったかのような感覚だ。目を離せない。
僕はなんとか地上に視線を戻す。僕以外の誰も空など見ていない。みんな地に目を向け、安定を選んでいるようだった。
そうだよな。空ばっか見上げてたって足元がぐらつくだけだもんな。
僕はもう一度、点を見た。大きくなっている。確実に。何かがゆっくりと落ちてきているのだろうか。
一旦僕は俯いた。スマートフォンの通知が来たからだ。それは先程まで待ち合わせを待っていた彼女だった。しかし彼女はどうしても行かなくてはならない用事が出来たという旨を伝えているだけだった。
ひらりと僕の頭に何かが落ちた。頭を触ると、それは下に落ちた。白い羽だった。それは大きくて僕の手ほどあった。ふわふわとしていて、本当に白い。
いつの間にか、僕以外の人達が空を見上げていた。まるで何かに祈るように。
僕もそれに倣うと、そこに居たのは美しい白い羽をはばたかせている小さな少女だった。白いワンピース、白い肌、白い髪、何もかもが白で、それが故の特異性があった。そもそもビジュアルからして特異性の塊のような存在だけれど。
少女は上空5メートル程度で止まった。スクランブル交差点の中心で。歩行者信号が青になると、スマートフォンを掲げた人々が近くで撮ろうと、動いた。
少女はにこやかだった。僕は近づかなければならないという思考にジャックされて、早歩きで少女の方へと足を向けた。
シャッターを浴びる少女は何を思っているのだろう。少女は目を閉じている。
数秒経つと少女は手を挙げた。何かを行使するかのような動きだ。そして手を振り下ろして、目を開けた。
風が凪いだ。耳が聞こえなくなる。劈く音以外聞こえなくなる。時が止まった感覚。しかし止まってはいなかった。少女付近にいた群衆はみな、横たわっていた。肩の骨が異常に発達して、突き抜けていた。そして足が付け根から切り落とされていた。スクランブル交差点を渡ろうとしていた人、通りを歩いていた人で渋谷の街は血の海になって、カラスがうるさく鳴いている。
僕はというと、足が無くなっていた。しかし僕の視線は何故かそのままだった。足からはだらだらとドリンクバーのように血を流しているのに、痛さを一切感じなかった。何がどうなっているのか。僕は確かめるために後ろのアパレルショップのショーケースの方を向いた。高級店のガラスに反射している僕は、羽が生えていた。
僕の頭上の少女と変わらない羽が。
大きくてふわふわした羽が。
僕は少女を見た。少女は僕を見ていた。
少女の目は赤かった。
彼女の口が、行こうか、と動いたような気がした。それと同期するように僕は少女の元へと行こう、と思った。羽は勝手に動いて、上空へと上がっていた。
「その羽、寝る時邪魔になったら切り落としてあげるからね」
僕は安心した。不眠症になることは無さそうだ。
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