日記 #3『連続式後悔』
寝る前に最近あったことを振り返る時間を設けるようにした。するとどうだろう、後悔ばかりする人間になってしまった。だからもう何も考えないことにした。考えたって将来の不安は尽きないし、漠然とした恐怖は一歩一歩僕に近づている気がするから。
最近、京都に行った。楽しかった。最近色んな音楽を聴いてる。音楽は必要な時、心に寄り添ってくれるから好きだ。
何もかもが上手くいかなくて嫌になっちゃう時期があるけど、ちょうど今がその時期みたい。こういう時は淡々と日常をこなしていけばいい。太鼓の達人みたいな要領だ。赤いドンが来たら決められたボタンを押すし、青いカッが来たら決められたボタンを押せばいい。単調で退屈な日々にはなるけど、自己嫌悪の波に襲われるよりかは幾分かマシだと思う。
そうだ思い出した。僕の小学校、中学校の友達のnoteを見た。めっちゃいい文章、構成、リアリズムで泣きそうになった。僕の稚拙で3歳児のような文とはまさに天と地の差であり、同い年なのにこの差は何だろうと本気で自分を嫌った。専門学校に通っているのに料理も人並みに出来ない、文章も上手くない。僕のアイデンティティは何だろう。他人は僕に興味無いがそれは当たり前の話だ。惹かれるものがないのだ。簡単な話だった。
僕のクラスメイトには、不登校でDJ始めた奴がいるけど、あいつは魅力の塊だ。自分に素直だし、飾らないし、惹きつける何かがある。カッコイイってのもあるかもしれない。僕は彼みたいにはなれない。彼だって僕ににはなれない。だけど彼は僕なんかになりたくなんてないだろう。
駅のホームで先頭に立つと、電車が来るタイミングでふと飛び降りたくなる時がある。多分、自殺ってそんなふうに死ぬ人も少なからずいる気がした。
「死にてぇ」って思った時に死ねるってどんなに素晴らしい救いなのだろう。どんな宗教よりも信じられる。
最近の僕は憂鬱の種を自ら蒔いて、成長させてしまう悪循環なのでどうにかこうにか、抜け出したい。でもそれは中々難しい。
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