クリスマス
特別な日だというのに、いつもと変わらずバイトが入っていた。まぁ、シフトを入れたのは僕なわけだから、文句を言ったところで始まらない。クリスマスに良い思い出がない僕にとってこの日はとても過ごしづらい。まず、冬という季節自体が、一人にとって辛い季節となってる気がする。外に出る時、隣に誰かの温もりを感じれる以上に素晴らしいことなどない気がするのだ。
バイトが終わった頃にはクタクタでそれなりに忙しく、近所のコンビニに入ってようやくクリスマスだということを思い出した。それは店員さんのサンタを模した衣装を見たからだ。
「いらっしゃいませー」
気だるそうに大学生くらいの女性が僕に向かって言った。バソコンを開くと「ようこそ」の四文字が出るのと同様、機械的で反射的だった。
まず、酒のコーナーに向かった。値段の一番安いウイスキーを手に取り、レジへ足を運んだ。僕はウイスキーや日本酒、ビールにこだわりがない。味がどうこうよりも、しっかりと酔えるか、安いかが問題だ。味覚なんて大体嘘っぱちなのだから信用してはならない。
レジにはさっきの女子大生らしき人が仏頂面を下げて立っている。コンビニの制服を着ている彼女は髪の毛がセミロングの、バイト終わりに見かけるいつもの人だ。
これまた一番安い煙草の名前を告げた。彼女は取りに行かず、レジに置いてある煙草をそのまま僕に見せた。
「こちらでしょう?」
「それです。よく分かりましたね」
話しかけられたのに戸惑いながらも応対をする。彼女は雲ひとつない青空のように澄んだ声の持ち主で、容姿の端麗さも極まって僕みたいな底辺が触れてはいけないような存在に思えた。
「聖夜に、安酒に安煙草ですか」
彼女はレジを打ちながらそう言った。
「落ちこぼれには縁のない日ですからね。いつも通りの買い物ですね」
「なら私も落ちこぼれですね。底辺ですよ、底辺」
千円を越えない買い物で、バイト終わりに見る925の文字だ。これで煙草と酒が買えるのなら上等だと思う。
「あなたなら、誰かと過ごしてもおかしくないはずですけどね」
「こういうイベントは、高校生達が間違えを起こすためにあればいいんですよ。大人になれば、行事の力を借りなくたって上手く恋愛は出来ますからね」
袋詰めが終わり、彼女はビニール袋の手持ち部分をまとめた。
「サンタさんは恋愛成就の神様かも知れませんね」
後ろをちらりと見る。まだ誰も来ていないので、話を続けた。
「本来、私たちのような落ちこぼれに来て欲しいものですけど」
「僕には来ないかもしれません、悪い子ですからね。酒と煙草ばっかなんで。それじゃ」
受け取ったレシートと小銭をそのまま財布に突っ込んだ。
「あ、待って」
彼女はそう言って、レジ付近にあるチキンの入ってるケースから一つのチキンを取り出して紙袋に詰めた。
「はいこれ」
そして僕に渡して、微笑んだ。花火のような笑みで自然と幸せな気持ちにさせてくれる。
「えーっと、頼んでないですけど?」
「プレゼントですよ、言わせないでくださいばか」
頬を赤らめてそう言うと、すぐに奥のスタッフルームへと去ってしまった。
「ありがとう、サンタさん」
僕は彼女には聞こえない程度に呟いて、店を出た。
外は恐ろしく寒く、風が僕の顔や首を通り抜けるだけで身震いがした。早速、プレゼントに手をつけた。美味しくて、彼女の温もりがあるチキンだった。
僕はクリスマスに良い思い出がない。ただ、悪くないクリスマスがあるだけだ。
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