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ネオン街

#1
僕にはそれが眩しすぎて、直視出来なかった。だからいつだって下を向いて、ネガティブに歩いた。上を向いて歩く必要はない。辛いなら、下を向こう。涙で道路を洪水させようじゃないか。
いつだって、喧騒にまみれた街を歩く時は、振られた時か上司に怒られた日だ。風俗で気を紛らわせようとしてやめる。単に面倒にだったり、女性に振られたのになんで女性に慰められなければいけないのだろうと考えてしまう。だから客引きに、声かけられても無視だ。断る返事もいらない、客引きそのものなど存在していないかのように扱う。これが存外難しい、ただ僕のような上級者になると呼吸と同じように簡単に出来る。
そうして家に帰って、浴びるほど酒を飲む。大抵はウイスキーだ。楽に酔えるし、色々な飲み方があって遊べる。ロック、炭酸割り、ジンジャーハイ。僕は主にジンジャーハイを飲む。ウイスキーは飲み方で遊べるから好きであって、味がどうこうとか言わない。ジャックダニエルだって、ブラックニッカだって、角だってなんだっていい。社会で大敗を喫して苦い思いをしているのにどうして、楽しく飲む酒も苦くしなければならないのだろう。例外として女性と飲む時はロックで飲む。なんとなくかっこいい気がするから。もちろん、そうやって体裁ばかり気にしていることがダサいのは分かっているけど、誰にも迷惑はかからないしいいじゃないか。僕は政治家みたいに迷惑はかけないし、増税もしない。今のところは。

#2
その日もウイスキーを飲んだ。ロックで。つまりは女性がいた。25歳くらいの派手目なピアスを両耳にした小柄な人だ。僕の鼓膜を逐一不愉快にさせるような甲高い声を出していて、どんな話をしたかはまるで覚えていない。バーで一人で飲んでいたら、彼女が隣の席に来て僕の読む本について質問したのが事の発端だ。その時僕は、気持ち良く酔えていて、思考もポジティブだった。僕にしては珍しく自分について長々とその人に語った。そうして店を変えることになって二軒回ってホテルに行った。ただ、どうにも不愉快な声が耳にへばりついたので、朝起きて1万円札を置いて一人で帰宅した。

#3
ジンジャーハイを胃が悲鳴をあげるほど飲み続けた。もう苦しいという声が聞こえてきそうなくらいだった。僕がそう自分に言っていたのかもしれない。それでも飲まきゃいけなかった。自分を痛めつけて、自分が生きているということを確信しなきゃならなかった。朝、通勤する電車が来る瞬間、ここから線路に飛び降りれば、ゲームで言うところのリセットボタンが押される。そう思ってから、まるで僕は僕を第三者の目で見ていると錯覚してしまった。業務にはまるで手がつかず、些細なミスを連発させてしまう。なので、自分を自分たらしめる為に、ジンジャーハイを飲んだ。

#4
いつか、僕みたいな本棚の最下層(そこまで面白くはなかった本を僕は一番下に閉まっておく)の女性を見つけたなら。カッコつけるためにロックを飲み、自分の証明のためにジンジャーハイを飲み続ける女性がいたなら。普通の炭酸割りを共に飲みたいと思う。グラスを軽くこづき、ナッツやチーズをつまみに。
でも、今はまだそんな運命的な出会いはしていない。だからネオン街はまだ下を向いてネガティブにホームレスの老人のように歩く。

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