手紙

#1
彼女から届いた手紙。白いよく見かけるような便箋には、彼女が書いた力強い字が生き生きとしているように見えた。

#2
元気でしょうか。貴方と別れて早三年が経とうとしています。時の経過は私にとってあまりにも早く、人生の短さを痛感させられます。私が引っ越してしまって、貴方は寂しい思いをしているのではないかと勝手に憂慮し、手紙を送りました。私は貴方との関係をすっぱりと切るために、連絡先やら何やらとデジタルなものは全て消してしまっていました。なので手紙を書くことにしたのです。この何でも電子化が進む世界で、便箋と万年筆を購入してスタンドライトを付けた部屋で書く手紙は、何だか特別なことをしているみたいです。
貴方が勝手にどこかへ私の知らぬ場所へ居なくなってしまいました。なぜ連れて行ってくれなかったのか、不思議でなりません。
貴方は「一生忘れない」と言っていましたが、それは今もでしょうか。それとも私は既に過去の女として、記憶には残っているのでしょうか。私は割に冷酷なもので、こちらに来て貴方についてほとんど思い出すことはありませんでした。それはどうにか順応しようと必死だったからかもしれませんし、単に貴方への思いが冷めてしまっただけなのかもしれません。しかし不意に、丸まったまま洗濯カゴに入れてある靴下や、人参を避ける貴方を思い出します。トイレットペーパーの芯を放置し、新しいトイレットペーパーを入れない貴方や、風呂上がりにベランダで吸う煙草、冷蔵庫に必ず入っていた安いチーズ。同棲中は当たり前のことで意識していなかったのに、こうして離れてみるとこうも覚えているものなのだなと自分に感心してしまいました。私はこれを呪いだと思いました。呪い、その言葉には不気味さや不安さがあるけど私はやはりこの言葉以外思いつきませんでした。これからもトイレに行くたびに、風呂上がりに、冷蔵庫を覗くたびに、洗濯するたびに貴方を思い出すのでしょう。もう三年ほど経とうとしているのに。そして五年経っても、十年経っても忘れることはないのでしょう。私は貴方に何か呪いをかけられたでしょうか。私はこれと言って特徴のない人間だったので何も無いのかもしれませんね。しかしそんなふうに印象づいていればそれでいいなと思います。
手紙という媒介を通すのは初めてなので、三回ほど書き直しやっとこさ上手くいきそうです。SNSを通してしまえば楽だったのにと思わなくはないですが、これはこれで風情があっていいですね。貴方も是非、知人などにやってみてはいかがでしょうか。
返事は不要です。また未練が出てきてしまうから。それではご自愛ください。また。

#3
思わず笑ってしまう。僕はもう既に居ないのに。
零れるはずもない涙をふいて、微笑んだ。
あなたこそご自愛ください。
届かないこの思いを彼女へ。









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