ラムネ シロクマ文芸部
ラムネの音が甦る。瓶の中で不思議な音を私に聞かせてくれたラムネを手にし、喉を鳴らして飲み干したあの日。幼い日の出来事。
瓶の中のビー玉は、選ばれし者のように殊更その存在をアピールする。
その形で、その色で、その音で。私はラムネの中のビー玉が欲しいと思った。
ビー玉は狭い瓶の中のさらに狭い場所で窮屈そうにしていた。私はビー玉に同情をしていたのだろうか。そしてビー玉が私に助けを求めているような気がしたのかもしれない。
瓶の中にビー玉が入ったのだから、出ないはずはないと単純に考えたのだろう。
瓶の中のビー玉を取り出して欲しいと誰彼となく頼んだが、叶えてくれる者はなかなか現れなかった。
救世主を待ちわびた私。叶わぬ夢のように思えた。空の瓶を抱えて泣きたくなった時、そんな私の前に現れたのが彼だった。
私より少し年嵩の少年が私からラムネの瓶を受け取ると、黙って瓶を割った。こんなはずではなかったと私は狼狽えた。
瓶を割ってビー玉を取り出すのはルール違反だと言わなかった私が悪い。
悲しくて涙が流れた。
泣くつもりは無かったけれど、勝手に涙が溢れる。
そう言いたかったけれど声にはならない。
少年はビー玉を私の右手に乗せた。
輝きを失ったビー玉は、私を恨めしそうに見上げていた。
私はどうしたら良いのか分からなかった。ただ黙って少年を見つめた。
少年は困ったような眼差しを私に向けたまま立ち竦んでいた。
その時ビー玉より美しいものが少年の眼だと、私に気づかせてくれたのはいったい何だったのだろう。
了 630文字
小牧幸助部長の今週の企画『ラムネの音』から始まる短い話を書きました。
幼い頃、こんなことがあったような気がするのです。