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阿呆、風邪シラズ。

心晴れやかに迎える元旦。
江戸の庶民もその気持ちは同じでした。
しかし、晴れやかな正月を一枚ひんめくった一日前の大晦日には、哀れにもまたをかしなストーリーが其処彼処にあった様です。

ずっと商いが上手くいかず、というか屁理屈ばかりで働く気が無い、その日暮らしの弥太郎は、大晦日の朝飯をかっこむと、羽織を着て脇差をさし、ピリつく女房に向かい、

「何事も堪忍が大切だ。来年は暮らしも良くなるだろう、貧乏がなんだってんだ。
んでワシ出かけちゃうんで、借金取りがきたら寝たふりしとくよう頼みますね」
と、早口に言うと手持ちの銭を全部紙入れにつっこみ長屋を出て行きました。

「あの馬鹿太郎、どっか行っちまった。嫁いだ女房が可哀想でならねえ」
と、長屋の住人に陰口をたたかれながら、弥太郎が向かったのは借金の無い色茶屋。

「邪魔するぜ、あれ?ここはまだ年末の支払い済んで無いのかい?
ワシいましがた女房の呉服屋の支払い済ませて、出入りの山伏を10人ほど呼んで来年の御祈祷して、正月の松茸と鮑を手配して、一息入れようとここに来たわけだ。
何も知らんヤツは、ワシが借金取りから逃げて来たと思うかもしれないから、一応言っときました。ワシこのご時世に借金ないのよ。ここも現金で払うから、うまい御馳走と樽酒を持ってきてくれ」

といって懐から何枚かの銭を茶屋の女房連中に気前よく投げ出した。

「まあうれしい。亭主に内緒で新しい帯買っちゃお。今年の暮れはあなたの様な気前の良いお客さまが来てくださったので、来年は縁起がよいですね」と、豪華な奥の間へ案内し宴の後、皆で仲良く床に入った。

その後、残った樽酒を飲んでさらに上機嫌になって大声で話しているのを、ゴロツキ若衆の二人連れが聞きつけて、茶屋に乗り込んできた。

「旦那ここにいらっしゃいましたか。
お宅へ今朝から何回も伺いましたが留守で困りました。」

弥太郎から銭をありったけ取り上げて、羽織と脇差も預かって、「残りは正月明けまでに頼みますよ」といい捨てて帰っていった。

弥太郎はバツがわるくなり
「人にねだられたら恵んでやらないわけにはいかないじゃん。大晦日だし」

と、もっともらしい顔をして、明け方に帰って行った。世間で馬鹿者というのは、すこしは取り柄のある者のことで、あの男などはてんでお話しにならないと、茶屋の連中は大爆笑したそうです。

皆様よいお歳を。天晴レにっぽん!
元禄五年(1692)井原西鶴『世間胸算用』より

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