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死ね死ね団がセンスある人材を求めているようです

 ※サムネ画像は何の関連もありません

 都内某所地下。
 壁一面サイケデリックな紋様に彩られた部屋に、これまた顔に奇怪な隈取りを描いた者たちが鋼鉄のテーブルを囲むように座っている。彼等はこれからハロウィンの渋谷に繰り出そうとしている集団なのであろうか。断じて違う。なぜならその眼差しは一様に真剣そのものであり、ともすれば痙攣のように細かく震える瞼には底知れぬほどの緊張と恐怖すら伺えるからである。そしてその視線は細長いテーブルの最奥に鎮座している、白髪と同じ色の口髭を蓄えた大きなサングラスの男に注がれているのである。
 彼こそは日本殲滅を不断の目的とする悪の秘密結社『死ね死ね団』の首領、ミスターKなのであった。どことなく平田昭彦に似ているような気もするが、その正体は誰一人知らない、知ることが許されない謎の存在なのである。キャスト欄だって彼だけが「?」となっているくらいなのだ。
 その威厳をたたえた口元がゆっくりと動く。
「今日諸君らに集まってもらったのは他でもない。我々『死ね死ね団』の名称、日本人どもをダイレクトな恐怖で震え上がらせるはずのその名が、どうやら笑いものにされているフシがあるのだ」
 集まった幹部はそれぞれに顔を見合わせた。その表情は「今頃気づいたのか?」と言わんばかりの困惑に満ちていたが、そんなことを口にすれば即刻殺されるのは明らかなので黙って頷くしかなかった。
「まあ冷静になって考えてみれば、『死ね死ね団』というのは確かに馬鹿みたいな名前ではある」
 自分で付けたんじゃねえか、と幹部たちは思ったがもちろんツッコミを入れる命知らずな者はいない。
「そこでだ。憎っくきレインボーマンを倒すべく、我々は新しい名で決意も新たに再出発を志そうと思う。何かいい案のある者はいるか」
 幹部たちは再び顔を見合わせた。ここで誰も何も言わなければ、ミスターKの怒りを買って全員まとめて粛清の憂き目に遭うやもしれぬ。何か言え、案を出せと互いに眼でプレッシャーを掛け合う。
 しばしの静寂の後、勇気ある一人が口を開いた。
「『日本人は邪魔っけだ団』というのはどうでしょうか」
 ミスターKの目が細くなった。いや、サングラスに隠れて見えないのだが、なんとなく細くなったような気がした。
「その、最後の『だ団』というのが滑稽だな。段田男みたいではないか」
 幹部の一人は「それは誰ですか」と訊こうとしてやめた。
「『黄色い日本ぶっ潰せ団』はどうですか」
「『世界の地図から消しちまえ団』では」
 ミスターKの表情が険しくなった。いや、サングラスでよくわからないのだが、たぶん険しくなっているだろうと幹部たちは思った。
「おまえら歌の歌詞からそのまんま持って来てるだけじゃねえか。『世界の地図から消しちまえ団』って何だよ。主語がわからねえよ。何を消すんだよ。日本海表記かよ」
 そのキャラ設定を無視したような言い方に幹部たちは鳥肌が立つのを覚えた。
「で、では」と、緊張に声を振わせながら一人が言った。「『ゲル死ね死ね団』というのは…」
 言い終わらないうちに足下の床が開き、幹部は悲鳴をあげる間もなく椅子と共に地下深くへと落下していった。いや、ここはそもそも地下なのだが、そのまた地下深くであるからそれはもうすっごい地下なのである。彼の姿を目にすることはもうないのである。
「人気番組におもねるような者に幹部の資格はない」
 ミスターKは冷徹に言い放った。
 長い沈黙が訪れた。下手なことを言えば殺される。だが、このまま誰も何も言わなくてもおそらく殺される。究極のジレンマがもたらす極限の緊張感がピークに達した時、堰を切ったように幹部たちは一斉に声を発した。提案に対して首領が何らかの判断を下す間に、次から次へと新たな提案を投げ続けるしかないと悟ったのである。
「月並みですが『ネオ死ね死ね団』では」
「スケール大きく『宇宙死ね死ね団』は」
「『死ね死ねクラブ』としてアーティストデビューしては」
「『死ね死ね坂46』でアイドルデビューという手も」
「マニアックですが『モダン死ね死ねズ』なんてのは」
「『我等は死ね死ねMAX HEART』では」
「だったら『YES!死ね死ね5』の方が語呂がいいだろう」
「いっそ『暴れちゃう戦隊死ね死ねブラザーズ』ではどうかな」

 ほどなくして唐突にやって来た完璧な静寂の中、ミスターKは二、三度深呼吸して興奮を鎮めると、おもむろに電話機に手を伸ばした。
「あ、もしもし。リクルートエージェントですか。折り入ってご相談が……」

〈了〉

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