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【23】 ハッピー

( ※ すべてフィクションです。)

最初は、Nさんが吸う大麻の副流煙をもらうだけだった。ラリって頭がおかしくなることに慣れていたし、それだけでは勿論なんの変化もない。横でブリってるNさんを眺めるだけ。
羨ましくて何度も「欲しい」と言いかけたが、がっついて遠ざけられてはいけない、と冷静になる。目の前でお預けをくらう日々がしばらく続いてから、ようやく、初体験を許可してもらえたのだった。

塩のふいたナグを細かく切り刻んでパイプに盛り、空気穴を塞いで、ターボライターで上から炙る。チリチリと音を立てて葉っぱが燃え、白い煙がパイプを満たす。大麻特有のいい香りのするその煙を、咽せないようにゆっくり、慎重に肺へ送る。余すことなくTHCを取りこめるよう、なるべく長い時間息を止め、また咽せないようにゆっくりと、細く長く息を吐く。

圧倒的だ、と思った。1分もすれば私はもう別世界にいた。まわりの環境は何も変わっていないのに、明らかに全てが違って見える。
間接照明でうす暗くした部屋はまるで映画の中、座っている椅子の柔らかさに気付き、床に置いたつまさきで、指を組んだ自分の手で、感じる触覚の鮮明さは未知のものだった。さまざまな愛おしい感情が湧いて溢れる、ありあまる多幸感。そのときの「どう?効果でてる?」と尋ねるNさんの声質は、ASMRなんて比にならないほどの心地よさで、脳が震えたような、つまり、ガンギマリだった。


今まで飲んできた薬とはレベルが違いすぎて笑ってしまいそうだった。Nさんから後に聞いたが、吸ってしばらくは私の反応が薄く、普段通りの表情を崩さなかったので、本当に効果を感じられているのか不安だったそう。「うん、キマってる」と答えた瞬間から、もう感情を隠しきれない。ずっと口角が上がりっぱなしなのが恥ずかしくて、口元を手でおおい隠す私の姿を見て、Nさんも安堵したらしく、快活にケラケラ笑って、ハイタッチしたのだった。


例えるなら、電波の悪い雑音ばかりのラジオしか聴いたことがないところから、最高級のノイズキャンセリング付きカナル型イヤホンでASMRを聴くような?
初期ゲームボーイしか知らなかったところから、最新のVR世界に放り出されたような?

現実の解像度が信じられないくらいに跳ね上がる。五感で感じられるもの全てが新鮮なので、まさに箸が転んでもおかしい状態、何が起きても面白くて、自然とポジティブ思考になり、生きていることに感謝した。これは鬱に効きそうだと思った。

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