第7回「いつの時代も「おまけ」は魅力!」
あなたの身の周りにはプレミアムでもらった「おまけ」の一つや二つが、きっとありますよね。どちらを買おうかと迷ったとき、ついつい「おまけ」に惹かれて、買ってしまった…… 。誰もがそんな経験を持っていることでしょう。
マグカップやぬいぐるみ、ポーチとかキャラクターグッズなど、「おまけ」で手に入れた商品が、あなたの部屋にあふれているかもしれません。
現代でも広告・販促物としての「おまけ」は効果的ですが、その手法、実は江戸時代にもあったんです。時代を超えて、人はおまけに弱いんですね(笑)。そこで今回は、「おまけ」の「えどばたいじんぐ」をご紹介しましょう。
(図1)化粧水「江戸の水」の“おまけ”として作られた黄表紙 『賑式亭福(にぎわしきていさいわい)ばなし』
式亭小三馬作・香蝶楼国貞画 13✕18㎝ 16P(表紙とも)
ヒット商品! 化粧水「江戸の水」のおまけ
江戸時代の「おまけ」は「景物(けいぶつ)」と呼ばれ、手ぬぐい、団扇、錦絵、双六……など、様々なものが広告・販促物として活用されていました。その中でも、庶民の手軽な娯楽でもあった「黄表紙」(注1)を、「おまけ」に仕立てたものがあります。
これを、「景物本(けいぶつぼん)」と呼びますが、なかなか洒落たテクニックを駆使していますので、
そのワザを見てみましょう!
注目したいのは、当時の人気戯作者の式亭三馬が、江戸本町二丁目で営業していた「式亭正舗(しきていせいほ)」という薬店(ドラッグ・ストアー)の展開です。「式亭」の名前を利用したこの店は、いわば、今流の有名ブランドショップ。ここでは主力商品として、化粧水「江戸の水」(注2)を販売していました。
三馬の息子で、やはり戯作者だった式亭小三馬は、親父に劣らず商売上手。彼が「江戸の水」を売るために自ら描いた「おまけ」、景物本の「賑式亭福(にぎわしきていさいわい)ばなし」が、とにかく見事です。とても面白く、その広告効果は抜群だったと思われます。
まずは、この本のあらすじをご紹介しましょう。
景物本『賑式亭福(にぎわしきていさいわい)ばなし』のストーリー
図2)
ある日、弁天様にお参りに行った正直者の商人・福助は、境内で捨て子となっている女の子を見つけました(図2)。子供のいなかった福助夫婦は、「この子は天からの授かりものだ」と感謝しながら連れ帰り、「お福」と名を付けて大切に育てます。
そして、お福が17、8歳になったころ、夫婦は「そろそろ嫁に……」と考えます。そこでお福のために「水茶屋」を開店し、その店の看板娘として世間に売り出そうとしました。
しかし残念ながら、お福は生憎の不美人(親にすれば可愛いのでしょうが……)、いっこうに嫁の話はきません(図3)。そこで夫婦は女衒(ぜげん・注3)を呼んで、お福を値踏みしてもらうことにします。
ところがその女衒はお福の顔を見るなり、「嫁に出すより見世物に出す方が金になるぞ!」と、ヒドイことを言うのです。もちろん両親は激怒!(しますよね~)
(図3)2-3頁 女衒と福助夫婦のやり取りを横で聞いているお福。「笑う門には福来る」とはこの時よりぞ、と作者が言うと、すぐに「コレ作者、その手は古い古い」と突っ込みが入ります。
ところが、横でそれを聞いていたお福は、げらげら笑い出します。すると、なんと天井から大判、小判がバラバラと降ってきました(まるで、おとぎ話か……)。お福を嫁にすれば大金持ちになれるぞ、こんな噂はたちまち江戸八百八町に広がります。こうなると、お福を嫁に欲しがる人々が、朝に夕に彼女の前に列をなします(ホント、現金なもんですね……笑)。我こそはという、イケメンたちも行列を作って集まりますが、お福はそんな男たちを、なぜか、サツマイモでも蹴飛ばすようにこき下ろすのです(図4)。
(図4)6-7頁 次々とお福を嫁に欲しいと、江戸中の色男たちが集結する。背景にはのぼりを立てて順番を待つ列が。
しかし、お福はその並みいるイケメンたちを次々、けなしたり、馬鹿にしたり、ののしります。
お福にその理由を聞けば、「どんな金持ちのお坊ちゃんより、本町二丁目で店を開く、ブ男の小三馬が良い……」とのこと。さっそく福助夫婦はお福を伴って、ひょっとこ面で、のろまと評判の小三馬に会うために、店を訪ねます。
もちろん、小三馬はびっくり仰天。するとなんと、お福は「あまのうすめのみこと」に変身するのです。そして、「実はお前たちをふびんに思い、そこにいる、えびすさんと一芝居打ったのよ……」と種明かし。そして、「お前たち、これからも商いをますます大事に精進すれば、繁盛すること間違いありません」と言い残し、天に帰っていきました。それからというものは、天女の言葉通り、福助夫婦の商売も、小三馬の店も大繁盛。そしてお約束でもある、めでたし、めでたしで終わります(図5)。
(図5)8-9頁 右ページは小三馬がお福の訪問に恐れ入っているところ。左ページは、実はお福は「あまのうずめのみこと」であると、
正体を明かし、小三馬や福助に富貴をもたらし、十二単姿で天に帰っていくシーン。
式亭小三馬の仕掛けた広告の謎
式亭小三馬が「景物本」で描いたのは、他愛のない、荒唐無稽(こうとうむけい)なものですが(でも、こんなことがあったら楽しいですよね~)、庶民の夢が詰まっていることもあり、江戸の女性たちのハートを摑みました。
式亭小三馬の「式亭正舗」は、このように人を魅了する黄表紙の「景物本」を、主力商品「江戸の水」の毎春ごとの売り出しに、「おまけ」として配ったのです。
もちろん、その広告効果は絶大だったことでしょう。なぜなら、この「景物本」には、小三馬のさらに巧みな広告があったのです。
(図6)表紙見返しの広告スペース
「江戸の水」の偽物(左下のいかにもインチキ臭い顔の男)が登場し、本物(右の爽やかなイケメン)と言い争いになります。そこに仲裁に入っているのが、艶っぽい吾妻香(あづまこう)です。絵の楽しさとせりふのやり取りで、見事な広告表現に!
実は、この「景物本」では、本文はあえて宣伝臭くせずに、表紙の見返し部分に広告を入れています(図6)。そこには、「江戸の水」の偽物が登場し、本物とケンカをするといったストーリーが描かれていましたが、そのオチは、両者の間に「吾妻香(あずまこう)」(これまた三馬店の人気化粧品)が仲裁に入り、ひと言。「どちらも化粧の水、ここはひとつ水に流しておくんなさい」と、粋なセリフで仲直りさせたとなっています。
つまり「江戸の水」は、ニセモノが出るほど評判の商品なんだと、間接的に言っているのです。なんとも洒落た広告表現じゃありませんか。
しかし三馬店の真骨頂は、まだまだこれからです(図7・8)。お福のストーリーが大団円となると、次のページからは5ページにわたって、「式亭正舗」が販売する商品目録が、ズラーリと並ぶのです。
(図7)
(図8)
(図7・8)巻末には「家製薬品目録」として「江戸の水」をはじめ「金勢丸」「天女丸」「吾妻香」等、三馬店の取り扱う26品目を紹介。
「江戸の水」白粉のよくのる薬、と効能など説明があり、大箱百五十文 詰替え百文と値段も書かれている。今日、普通に使われている
“白粉(おしろい)のよくのる“というコピーは三馬の考えたキャッチフレーズです。
遊び心にあふれた、「えどばたいじんぐ」!
「式亭正舗」が薬・化粧品を売るために考えた、この手法。もともとは、父である式亭三馬の発想でしたが、その息子・小三馬もまた、親の七光りに甘んじず、戯作の腕を磨きながら商売にも励み、数々の景物本を「おまけ」として出し続けたのです。
なぜこんなことができたのでしょうか? 「おまけ」は無料配布なので、本来、製作するために大きなコストはかけられないはずです。しかしながら、式亭三馬・小三馬の親子は、戯作者である自分自身が広告主であり、コピーライター兼アートディレクター。だからこそ、こんな展開を思いつき、実現できたのです。
なにしろ、当時、戯作者とは最前線のクリエイター。世の中の空気や流行に敏感で、大衆の好みも熟知していなければ、いい作品を描けません。そのクリエイティブ能力と商売を見事に合致させたものが、この「おまけ」作戦だったと言えるでしょう。
そして、この発想の源泉には、何と言っても遊び心が溢れています。生活者をワクワクさせながら、そのハートを鷲づかみにする、エンターテインメント。こんな広告作法こそが、「えどばたいじんぐ」の真骨頂なのです。
三馬店の仕掛けた「おまけ」戦略はさらに大きな効果を上げ、化粧水「江戸の水」は、江戸の女性たちが嬉々として愛用するヒット商品になりました。
「愛嬌のこぼれる面(かお)へ江戸の水」
その頃の世相をあらわす川柳に詠まれるほどのブランドになったのですね。
(注1)黄表紙とは草双紙の一種、大人向けの絵入りの娯楽小説、10頁程度のもの。
(注2)「江戸の水」は化粧水でヘチマ水などに栄養分や香料を数種入れたものと推測されている。ガラス瓶入りの48文が評判となった。
(注3)江戸時代、女性を遊女屋などに売買することを商売とした人。
◆参考図書
・江戸広告文学 林美一著 未刊江戸文学刊行会 1957年刊
・引札 繪びら 錦繪廣告「ブレーン」別冊 増田太次郎著 誠文堂新光社 1976年刊
・江戸の本屋(下)中公新書571 鈴木敏夫著 中央公論社 1980年刊
・江戸コマーシャル文芸史 井上隆明著 高文堂出版社 1986年刊
・日本の広告 ―人・時代・表現 山本武利・津金澤聰廣著 世界思想社 1992年刊
・江戸の戯作者―式亭三馬― 棚橋正博著 ぺりかん社 1994年刊
・江戸戯作草紙 棚橋正博 校注・編者 小学館 2000年刊
・江戸の化粧 川柳で知る女の文化 渡辺信一郎著 平凡社新書143 2002年刊
・近世文藝 第80号 「景物本考」 浅埜晴子著 日本近世文學會 2004年刊
・絵草紙屋 江戸の浮世絵ショップ 平凡社選書 鈴木俊幸著 平凡社 2010年刊
<執筆者プロフィール>
坂口由之(さかぐち よしゆき)
アドミュージアム東京学芸員。1947年、北海道生まれ。多摩美術大学卒業後、1970年㈱電通入社、クリエーティブディレクターの後、1997年広告美術館設立のため学芸員として参画。2002年「アドミュージアム東京」の開設時に企画学芸室長として運営に携わる。2007年(公財)吉田秀雄記念事業財団に勤務。現在はアドミュージアム東京解説員として勤務。日本広告学会会員
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