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【イベント・レポート】転覆隊的SDGs広告探見会

世界を旅した環境漫画家が、SDGsの現場をナビゲート

世界の広告界では最近、社会問題を扱った作品が増えているが、日本ではまだ馴染みが薄いのが現状だ。アドミュージアム東京では、各自が社会問題を自分ごと化して考え、理解を深める一助になればと、以前より「Good Ideas for Good」展などを行ってきた。その一環として8月10日、SDGsをキーワードに改めて課題を整理し、みんなで考える機会にしたいと、元・電通ECDで環境漫画家でもある本田亮さんにナビゲーターを依頼。“地球の今”を立体的に学ぶイベントを開催した。

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本田亮さんは31年にわたり転覆隊隊長を務めるほか、今年で30年に及ぶ環境漫画家や8年目となる国連WFP(世界食糧計画)協会理事としても活動。日々、地球環境の未来へ想いを寄せている

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SDGsへの新鮮なアプローチに、会場からは「楽しくて勉強になった」「本田さんの話は胸に響くものがあった」といった声が

楽しくてためになる“旅+教育”番組

 登壇した本田さんは、冒頭で自らが隊長を務める転覆隊について説明。転覆隊とは、広告界のビジネスパーソンが集結した“日本で一番過激で下手なカヌーチーム”とのこと。持ち前のクリエイティブ魂から、カヌー以外にもあらゆるアウトドアスポーツに手を染め、フィールドを地球規模に広げてきた。そこで得た貴重な知見をSDGsが掲げる目標と結び付け、本田さん自らのエピソードと、世界に広がる広告的な取り組みを並行して紹介いただくのが、今回のイベントである。
 本題に入る前に少しおさらいをすると、SDGs(Sustainable Development Goals)とは、2015年に国連が定めた持続可能な開発のための目標。2030年までに達成すべき17の目標と169のターゲットがあり、各ターゲットには具体的な数値目標まで設定されている。本田さんいわく「転覆隊のモットーは『命の保証はない、感動の保証はある』。一方、いま企業に問われている課題は『成長の保証はない、生存の保証はあるか』ということだと思います」。そんなメッセージで始まった広告探見会。多岐にわたり繰り広げられたトークから、興味深い幾つかのトピックスをご
紹介していく。いざ“探見”の旅へ。

教育とジェンダー平等をみんなに

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 アフリカなどの発展途上国の学校を本田さんが訪問すると、いつも感じることがある。それは歌声が学校の外まで響き、目が輝き、子どもたちが大変明るく元気なこと。勉強したくてもできなかった状況から学びの場を得て、喜びにあふれているそうだ。本田さんによると「教育は未来へのおみやげ、夢のなる木」。知識の吸収は将来の自立につながり、教育レベルが上がれば人口削減まで実現。地球を救うことにもなるという。関連して披露されたSDGsへの取り組みは、コロンビアの新聞社が行った画期的な無料教育。毎日、長時間のバス通勤者が多い首都ボコタの人々のため、バスの中でラジオを流し、500種以上の授業を実施。50万人以上が受講した。街を巨大なキャンパスに変えた試みだ。またジェンダー平等に関しては、国際女性デーのマクドナルドの活動をピックアップ。これはオーナーが女性の全米100店舗以上で彼女たちの活躍に敬意を表し、アイコニックな「M」の看板を3月8日にウーマンの「W」に反転して掲げたというもの。女性オーナーの多い同社ならではの粋な計らい。「大胆なアイデアを実現させる、海外企業の姿勢には見習うべき点がある」と本田さん。

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通勤バスを無料学習の場にしたコロンビアの「Learning on the Way/通勤学習」 2015年 クライアント:無料日刊新聞 ADN

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「The Flip /反転」は、国際女性デーに対する米国のマクドナルドの大胆な取り組み 2018年 クライアント:マクドナルド

不平等をなくし国と人に平和と公正を

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 本田さんがここで披露した自身のエピソード、1つ目は戒厳令下で訪れたボリビアのラパスでの話。夜の外出が制限されていた中、食事に出かけてうっかり20時過ぎに店を出ると、街からは人が消え、突然銃声が聞こえ、装甲車が侵攻。命からがらホテルへ逃げ帰ったこと。2つ目は、ロヒンギャの難民キャンプを視察した翌日に、移動に使ったボートと車が周辺の仏教徒のテロによって爆破された事件について。海外ではすぐ身近にある危険な日常と、宗教問題の根深さを改めて実感したそうだ。
 一方、SDGs の事例は、言論弾圧で窮地に陥ったジンバブエの新聞社の起死回生の奇策について。ハイパーインフレで価値を失った自国の1兆ドル紙幣でポスターや野外広告などを作成し、苦境をアピール。周辺の国々からの支援を受け、存続の危機を免れたという。さらにアムネスティ・インターナショナルが行ったのは、英国で最も利用客の多いロンドンのウォータールー駅の出発案内板のジャック。不当に投獄され家に帰れない人々の惨状を次々と表示。帰路を急ぐ人々に伝え、大反響を呼んだ。共に社会問題に立ち向かう、力強いクリエイティブ力に本田さんも魅せられていた。

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「Departure Board /出発案内板」は不当投獄への強い非難メッセージ 2014年 クライアント:アムネスティ・インターナショナル

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言論弾圧にクリエイティブの力で対抗した「Trillion Dollar Campaign/1兆ドル紙幣のチラシ」  2009年 クライアント:ジンバブエ新聞

つくる責任とつかう責任を考える

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 このテーマで本田さんが思い出すのは、鬼怒川をカヌーで下ったときの出来事。キャンプをしようと思った綺麗な川原が、実は冷蔵庫や洗濯機など不法投棄の現場だったそう。また太平洋の絶海に浮かぶ孀婦岩の付近でダイビングを試みた際には、チャーターしたカツオ漁船の船長が「船上は清潔第一」と、船内のゴミを全て海に投棄したことに驚いたとも。「川は血管、海は心臓だとつくづく思います。血管にゴミを流して心臓に負担がかかれば、心筋梗塞になったり、地球全体を命の危険に晒すのです」と納得のたとえで思いを語った。そしてさらに広告的な2つの事例を紹介。一つは、ファッションなどきらびやかな商品の裏の生産サイクルをFacebookの360度写真を使ったビジュアルで表現。環境破壊や奴隷のような労働の実態を暴いた『ハフポスト 南アフリカ』のキャンペーン。もう一つが、スウェーデンのファッションブランドが行っているリサイクルへの取り組み。ショッピングバッグを裏返して古着を詰めて送れば、ブランドが送料を負担。リサイクル店で販売するというもの。いずれもダイレクトで力強い施策だった。

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「The Rag Bag」はスウェーデンのファッションブランドが実施するリサイクルへの取り組み 2014年 クライアント:Uniform for the Dedicated

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商品ができるまでの搾取や奴隷のような労働を告発した「Stop the Cycle/サイクルをストップ」 2017年 クライアント:ハフポスト 南アフリカ

それぞれの自分ごと化こそが大切

 SDGsを含めて現代の社会問題は互いに複雑に絡み合っている。それぞれの課題を点で捉えるのではなく、つながりで考える“システム思考”が重要といわれている。となれば企業も自らリスクをとるほどの、本気度が問われるフェーズなのだ。今回、目にした事例の多くはまさにその好例。だからこそ世の中を動かすことができたのだろう。会場を訪れた方々からは「SDGsを自分ごと化して、できることをやっていきたい」といった意見も多く寄せられた。

1匹だけ

 探見会の最後に本田さんは自身が描いた1枚のイラストを取り出して、こう締めくくった。「現在の世界の軍事費の10分の1を環境問題の解決に回せば、大方は解決するのです」。企業も個人も、そして国家も、それぞれができることに対して時間や資金を投じる本気の覚悟で臨めば、地球はまだ守っていけるはず。参加者にそんな気持ちを芽生えさせてくれた貴重な機会だった。


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