【イベント・レポート】公開サロン-文化人類学者とみる広告コミュニケーション♯1
2018年10月13日、アドミュージアム東京の「クリエイティブ・キッチン」で、ミュージアム所蔵資料に広告業界とは異なる視点からスポットライトを当てる、公開勉強会が開催されました。ゲスト講師は文化人類学者のアイザック・ガーニエさん。「日本のオリジナリティを探る」というテーマのもと、今回から3回に分けて江戸時代から近代までの日本の広告を読み解いていきます。第1回は「多様性 Diversity」をキーワードに広告資料を深掘りします。
「クリエイティブ・キッチン」とは・・・
「Open・Join・Share」をキーワードに、さまざまな取り組みを実施しています。今回のシリーズでは、広告を外部からの視点で捉え、広告資料の持つ新しい価値や利活用の可能性を探っていきます。
参加者紹介
アイザック・ガーニエ 文化人類学者/ドイツ日本研究所所属
岡田芳郎 広告ジャーナリスト
菅付雅信 編集者/(株)グーテンベルクオーケストラ代表
市川嘉彦 市川嘉彦事務所代表
三枝雅人 マーケティング・コンサルタント
福田敏彦 元・法政大学教授
白土謙二 思考家
中村優子 アドミュージアム東京 副館長
橋本研一郎 (公財)吉田秀雄記念事業財団 事務局長
坂口由之 アドミュージアム東京 解説員/学芸員
広告の持つ社会的な文脈
はじめに、ミュージアム宛てにガーニエさんから送られた言葉を、アドミュージアム東京・中村優子副館長が紹介しました。
“広告は美意識からさまざまな社会課題まで広義の「日本社会と文化」を理解するための有効な入り口である。(―アドミュージアム東京は)江戸時代から現代まで「広告」の社会的な文脈を引き出しながら、広告が商業のみならず社会に貢献できる可能性をうまく発信していると思います”
中村副館長は、「広告業界ではないフィールドで活躍されているガーニエ先生からいただいたこの言葉は、アドミュージアム東京のあり方を考える上で大きな意味がありました」と話しました。
多様性と普遍の発見
中村副館長の言葉を受け、ガーニエさんは、アドミュージアム東京で学ぶ意義をこう語ります。
「私は留学生たちをここに連れてきますが、彼らの90%は、日本のポップカルチャーに興味があります。文化人類学では、人間社会の多様性と普遍性に注目しますが、アドミュージアム東京で昔の広告を見ると、現代の文化に通じるところが発見できます。広告を用いることで、学生たちに日本の歴史の多様性と普遍性を伝えることができる点は大きなポイントです」
今回の題材:『東京小網町鎧橋通 吾妻亭』の錦絵
「東京小網町鎧橋通 吾妻亭」 明治21年 探景(井上安治)画
西洋料理店『吾妻亭』の錦絵です。明治21年、鹿鳴館華やかなりし頃の時代風俗がここに描かれています。異国の人々も往来し、舶来ものが随所に見られ、新しい時代の息吹に溢れた風景です。場所は経済・商業の中心地日本橋に近い小網町鎧橋通り、橋を渡れば銀座方面へと通じます。馬車、人力車、自転車、街頭宣伝隊、洋装、ビリヤード、牛乳など、「文明開化」を象徴する事物が勢ぞろいして吾妻亭の賑わいを盛り上げています。
今回の公開勉強会で取り上げたのは、明治時代につくられた洋風レストラン『吾妻亭』のカラフルな錦絵です。錦絵とは多色刷り木版画のことで、現在のポスターのような役割もあったのです。
『吾妻亭』の錦絵について、「この錦絵で最初に注目したのは、中国人が描かれていることです」とガーニエさん。当時は、欧米−日本間の通訳に、欧米の言葉を理解し漢字を使える中国系の人たちが活躍したそうです。その時代の空気を『吾妻亭』の広告は如実に伝えています。
それを受け、坂口学芸員は「明治は脱亜入欧で、欧化政策にひた走った時代で、お雇い外国人のイメージは、ほとんどが欧米人となっていますが、中国人も活躍していたのですね」とコメント。
ガーニエさんは「この錦絵は、日本(東京)のグローバル化を指摘していますが、みなさんは何を感じるでしょうか?」と議論を促します。
「文化人類学的にも“日本的”なものが表現されている」
「江戸時代から中国語の本を翻訳したりして、中国の文物は溢れていたのでしょうが、実際に中国人と出会う機会は、少なかったのではないかと思います。だから一般の人から見ると、この風景は結構珍しく感じたと思いますよね」と白土さん。
市川さんは、「中国人と左に和服の女性がいたり、ドレスを着た女性が描かれていたり、渾然一体とした感じがすごくよく出ている」と『吾妻亭』から感じる印象を語ってくれました。
写真に造詣の深い菅付(すがつけ)さんは、「実に日本的な構図ですよね。海外の広告は遠近法が割とはっきりしていますが、日本の広告は現代でも遠近感がないものが多い。この錦絵から、その由来がうかがえます」と展開。白土さんも、「逆に余白が良いですよね。この錦絵も空が効いている」とコメントします。
これを受けて橋本事務局長は、「一見、風景画みたいにですが、こういうアングルですべて見える場所はなくて、名所図会的にいろんな情報をここに入れ込んだ構図に思えます。その時代のはやりもの、ランドマークを全部盛り込んで、新しさを出すというか……」。
福田さんは「確かに、“日本の街は中心がない”なんていわれますけど、そう見ると、実に日本的なものに思えますね」と付け加えました。ガーニエさんも、「みなさんおっしゃる通り、文化人類学的にも実に“日本的”です。訴えたいものはさりげなく表現する。言葉でも態度でも、いつも“何かに包んでいる”んですね」と新たな視点を投げかけました。
『吾妻亭』の持つ広告コミュニケーションとしての価値は?
坂口学芸員の解説によれば、こういった錦絵はそれ自体がメディアとしての価値を持っていたそうです。お客さんに手渡され、その後、人々の手から手へと渡っていくようなものだったとのこと。「つまり、吾妻亭がこういう広告をつくってほしいと思ったときに、それを仕上げる専門業者もあったということになります。それこそ、今の広告会社と同じですね」と三枝さんが語れば、「錦絵というのは、今でいうグラビア誌のような超人気のカラービジュアルメディアでしたからね」と白土さん。広告媒体としての影響力は大きったのではないかと推測できます。
菅付さんも、「この錦絵は3枚組みなので、それぞれの面に『AZUMATEI』と入るようになっているようです。全部の面に店の名前をさりげなく入れてくるのは、計算されているなぁと感心します」と評価しました。
吉田秀雄記念事業財団が発行する研究広報誌『アド・スタディーズ』での連載、「PR百花繚乱」を執筆する岡田さんは、「現代の感覚からすると、少し違和感がある」としながらも、「料理屋(吾妻亭)の広告ですよね? そう見るとずいぶん高度で上手い。描かれるのは、料理屋以外の要素が大半を占めています。広告の『AIDMAの法則※1』に則っていて、この錦絵には当時の人たちの興味を惹くものがたくさん出てきている。現代の目で見ると異様な風景に見えますが、当時としては最先端の風俗であって、広告効果はあったんだと思いますね」と、広告コミュニケーションとして優れている点を述べました。
※1 アメリカで提唱された広告宣伝に対する消費者の心理プロセス。「Attention(注意)、Interest(関心)、Desire(欲求)、Memory(記憶)、Action(行動)」からなっている。
まとめ:「気持ちを引き出す」日本独自のコミュニケーション技法
最後に、ガーニエさんは、日本には「感じること」を重視する独自の価値観があることに言及しつつ、「例えば、アメリカの広告はそのものを直接売り込んできます。つまり、経済的な目的がもろに分かりやすい。一方、日本の広告では、直接的な売り言葉を控えて、生活者の気持ちを引き出すところに特徴があるのではないでしょうか。今日、この錦絵を見ても、気持ちを引き出す要素が組み込まれているし、それこそがポップカルチャーなどのコンテンツにおける現代日本の国際的な競争力につながっているように思います」とまとめ、今回の公開勉強会は幕を閉じました。
次回の「文化人類学者とみる広告コミュニケーション♯2」(2019年1月26日開催予定)では、「国際性」をキーワードに、アドミュージアム東京のアーカイブを読み解いていきます。
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