父さんと母さん 3話
メインのしゃぶしゃぶがくる前に前菜、飲み物で歓談した。やはり自宅とはちがうお店の雰囲気も相成り3人とも興奮気味に会話も進んだ。とてもいい時間だった。女将がしゃぶしゃぶをもってきて料理の説明もしてくれると、父さんも母さんも「へぇ〜」と感心しながら田舎っぷりを都会でもない場所で発揮させていた。
普段のポン酢で食べるしゃぶしゃぶとは違い、やさしい出汁でいただくことや黄金色の汁に母さんは感嘆していた。その姿を見ていた僕はどこか誇らしげに「だろ?」とニヤニヤしていたのを今更ながらアホだったと恥ずかしく反省している。なぜならこのまあまあお高いしゃぶしゃぶコース3人前を奢るわけでもなく、現金を持ち合わせていなかった母さんのクレジットカードで払わせることになるのだから。
3人のお腹も満たされたところで、母さんがトイレで席を立ち、父さんと2人になった。そうすると待ってましたとばかり、父さんは自分の若い頃の話をしてきた。しかも、父さんが初めて両親にご飯をご馳走したときの話だ。すき焼きをご馳走したけどそんなに高級なところでなく、決して値段ではない、気持ちがあればそれでいいんだ、という話だった。まさに僕が今夜ここを奢ることに抵抗感を持たないようお膳立てしてくれているようなものだ。それなのに、それでも奢る予定を頭にも持ち合わせていなかった僕は非常に残念な大人だ。
さて、いよいよお会計の時がきた。一階レジのところにきて値段を聞いたときに僕は初めて親に申し訳ない気持ちになった。なぜなら、僕はその会計値段以上の現金を持ち合わせていなかったからだ。そこで初めて、あれ?これは親が払うよね?もしかして奢ってくれることを期待していたのかな?まずい、オレ今金持ってないぞ、カードはあるけどこんな値段勝手に使ったら後で奥さんに怒られるし、などものすごいスピードで脳が回転しはじめた。女将も僕らの雰囲気をみて息子さんがご両親にご馳走されるのね、というムードで僕に金額を伝えてきた。