⑤母への怒りを感じた
ここ最近の事
笠村裕子さんの
感情を感じるメソッドを
やってみようと思って3日目
不快な感情
ネガティブな感情の
体感覚をじっと感じるワーク
ネガティブな感情は
全部、母への感情に繋がると言う
私は母に対して
ずっと抵抗持って生きてきたから
凄く納得する
でも母は源の投影だと言う話もあり
源への抵抗と言うことなのか‥
体感覚をじっと感じる事で
抵抗が外れてネガティブな
感情の記憶が
小さくなるらしい
最初の日は
怒り→悲しみが溢れてきたけど
次の日からは
怒りがあんまり出てこない
今モヤモヤしてる事を
感じてみるけど
悲しさやどんよりした感覚もあり
胃の下辺りの不快感を
じっと感じてみる
全部母に繋がる、
それは理解してるから
確かに母との記憶が蘇ってくる
でも一時的な事で
スッキリ感は無く
あいまいな感覚にしかならなかった
そうして過ごしてたんだけど
何故かこの2日くらい
無性に寂しさが出る
世界から置いていかれたような
孤独感
この不快な感覚を
じっと感じるんだと思って
胃の下辺りが
ビリビリするのを感じてみる
変化は無くそのまんま
数分感じて終わってみる
終わった後は何故か
楽しい妄想みたいなのが現れて
ウキウキした気分になるけど
またモヤ〜っとした
寂しさが出てくる
私、おかしくなったんかな?
と思った
体感覚を感じる、を
ずっとやってみるけど
特に変化を気づく事無かったのだが
今日の夕方、あれ?っとなった
この寂しさは
揺さぶられた感情が
出てきてるんじゃないだろうか?
孤独感と寂しさは
ずーっと根深く心の奥底にあった
それも気づいてて
母との関係が関わってるのも自覚してた
でも今は
認知症で寝たきりとなった母と
関係を修復する事も出来ず
ただ一方的に母への思いを
感じるしかなかった
それで生まれるのは罪悪感と
今更でも気づいて良かった
と、言う安堵感
そこまでは到達してたんだけど
今回思い出したのは
私はずーーっと、ずーーっと
母に怒ってたと言う事
“もう、ちゃんとしてよ!”
これが全ての根底にあって
母の行動全てが気に入らなかった
家族よりも宗教の活動を
優先してるように感じて
また楽しそうにしてるのを感じて
“母に選ばれなかった”
“一番じゃないんだ”
そう言う思いがあったと気づいた
そして、
選ばれない寂しさを抱えて
怒りが母に向かった
(私の為に)
“ちゃんとしてよ!”
報われない思い
その怒りが
時々現実の世界で爆発してきた
いろんなストレスが
一気に吹き出して
急にヒステリックになってしまうのだ
いろんな感情がミックスした時
怒りで出てしまうのが怖くて
出来るだけ冷静に
落ち着いて押さえてたかもしれない
自分の中に激しさがあるのが
とても怖かった
母への怒りは何だったの?
ちゃんとしてって言うのは
私がお願いした事を
やって欲しかったのだ
ごめん、出来なかったー
って言われる事が多かったのか
ただ自分が強く感じてたのか‥
“いつも母は当てにならない”
そう言う思いがあった
それで当てにならない母に
お願い、助けて!
とは言えず、いつもイライラ
母と話すだけでイライラしてた
それが
母が病気になったのは
私が寂しくさせたからかも
と言う罪悪感から
やっと、もっと話したい
と思えるようになった
でも、その時は
すでに会話は成立せず‥
今、感情を感じるワークをやって
思いがけず出てきた怒りは
ーーーーー
お母さん、
ちゃんとしてよ!
私がせっかく向き合う気になったのに
病気になんて、ならんといてよ!
ちゃんと話しをさせてよ!
ごめんなさい‥って
ちゃんと言わせてよ!
ーーーーー
でも、
母が病気にならなかったら
向き合う事は出来なかった
病気のおかげで
母に語りかけられるようになり
家族が集まれるようになった
今はただ
じっと怒りの体感を感じてみる
つづく