『悲しみの秘義』若松英輔(26)【文学の経験】

 【彼女】【色なき色】と続いて、いよいよ最終盤なのだが、ここにきて夏目漱石を取り上げるのは、少し不思議な感じがする。名作『こころ』の変遷を語るとともに、岩波書店版「夏目漱石全集」の編集を中核となって担った秋山豊氏にも触れ、著作の『漱石という生き方』を紹介している。

 少し前に「履歴書」について考えた章があったけれど、本章は「遺言」なのかもしれない。誰かに読んでもらうことを前提とするが、「履歴書」に比べると、対象は自ずと狭くなる。『こころ』の先生も、「貴方丈(あなただけ)」に読んでもらいたいと書くのだが、「真に個に受け止められることは、人類に呼びかけるの等しい」とも考えている。対象は限られているが、普遍性があるということなのだろう

 最終章手前でコーヒーブレイクでもないが、若松さんの「思い」を少し離れて、漱石の「思い」を読み進めることに、きっと意味があるのだ、と言い聞かせて、いざ最終章へ。


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