『拝啓 笠智衆様』NHKスペシャル編(PHP研究所)
本棚の整理をしている時に『拝啓 笠智衆様』を手にした。
奥付は1994年3月である。今から31年前。笠智衆が亡くなって一年後の発刊だ。
読んだ記憶がないので、31年間ずっと本棚に飾られていたことになる。なぜか手に取り、表紙の目を閉じた笠智衆の白黒写真に惹きつけられ、読み始めた。
笠智衆が亡くなり、ファンが故人宛に送った手紙が大量に届き、NHKが手紙を送った人々を訪ねてインタビューしたドキュメンタリー(NHKスペシャル)を書籍化したものらしい。番組は観た記憶がある。たぶん、それで買ったのだと思われる。
自分の亡くなった祖父に似ていたので親近感を持っていた、自分の亡くなった父を観ているようで笠智衆さんを父親のように思っていた……という二十代、三十代の女性を中心とした手紙が故人宛に次々と届くという現象が巻き起こったらしいのだが、それは大スターだから、ではなくて笠智衆だから、ではないかと制作サイドは分析して各地の送り主を訪ねる。とても、興味深いのは、彼女たちは画面を通じてしか笠智衆(しかも、役柄を通じて)を知らないのに、肉親のような感覚を持っていることだ。淋しい、悲しい、ありがとう……言葉が溢れる、涙も溢れる。そして、読んでいる僕も彼女達が異常と言うよりも、そりゃそうだろうと自然に感じてしまう。会ったこともない笠智衆への一方的な片思いを読みながら、僕までウルッとしてしまうのだから、本当に笠智衆という存在は特別だと思う。
俳優笠智衆ではなく人間笠智衆にみんな癒され、救われ、あんな風に年を重ねたいと憧れる訳だが、僕も彼女達も俳優笠智衆しか知らないはずなのに、人間笠智衆を知っているかのように語る。改めて、写真を見ると「仏様」みたいで、皺が美しい。
どうして、僕が今、このタイミングで手にしたのかは分からないのだけれど、『拝啓 笠智衆様』はこれから先も本棚に大切に残しておきたいと思った。
拝啓 笠智衆様 僕もあなたが大好きでした。僕もあなたのような優しく美しい人間になりたいと思います。31年の時を経て読むことができて良かったです。ありがとうございました。