『悲しみの秘義』若松英輔(16)【信頼のまなざし】
今の若松英輔さんは、なんとなく知っているが、昔の若松英輔さんのことは知らなかったので、会社勤めを12年間したこと、その中での活躍と昇格、挫折と降格に関する本章を読んで、正直驚いている。しかも、営業職で活躍し、新会社の社長に抜擢された事実と今の若松さんの優しい語り口とがなかなか結び付かないからだ。
しかし、逆説的に考えてみれば、必死に営業職で活躍し、昇格と降格という経験をしたからこそ、今の若松英輔さんになったとも言える。
「確かに人は、無言のままでも他者を傷つけることができる/しかし、逆のこともあって、まなざし一つで救われることもある」という文章は経験したことのない人が書いても説得力はないが、経験者である若松さんが書くことで「真」になる。
特に終盤にある「失ってみて初めて分かったことだが、信頼は、生きることの基盤をなしている」の一文は、矢のように心に突き刺さる。「失ってみて初めて」に実感が込められている。
僕は30年以上会社勤めをしている。挫折はいくらもあったし、壁に阻まれた時期もあったが、幸いにも降格を経験したことはない。だが、若松さんほどではないが、信頼を失い、蚊帳の外みたいなこともあった。みんな、良く見ているのである。そんな時に、視線や空気を読まずに接してくれる人こそ、信頼に足ることも学んだ。そして、自分も逆の立場になったら、そうあろうとしてきた。
「信頼している」と口にすることは容易だが、果たしてどこまで覚悟をもって「信頼している」のかは疑わしい。上手く行かなかった時に、手のひら返しで「信頼していたのに」と責められたことも何度もある。「信頼している」のであれば、陰からサポートし、何かあれば一緒に責任を取る覚悟が必要なのに。その覚悟もないのに軽々に「信頼している」と口にする人ほど、信頼できない、ことも学んだ。
ここまで書いてきて「信頼」って、本当に大事なんだなと思っている。