『悲しみの秘義』若松英輔(24)【彼女】
言葉が出ない。
「彼女」の生き方、死に方を読みながら、僕は31年前に亡くなった母のことを思い出している。もともと明るい人だったのだが、病床でもずっと笑っている印象しかない。母は、当時大学生だった僕に、痛みに苦しんだ表情を見せないようにしていたのだ。だから、ずっと笑顔の思い出しか残っていない。亡くなってから、メモ帳に書かれた母の言葉を読んで、僕の前では無理していたことを知り、我慢していた涙が溢れた。
母が逝ったのは、大学を卒業した僕と、短大を卒業した妹が入社式を終えた翌朝(4月2日)であった。
僕は実家のある東京から離れて生活していたのだが、枕元に母が立ってくれたことをはっきりと憶えている。しばらくして、電話が鳴り、母が亡くなったことを知った。
「彼女」は若松英輔さんの奥様である。
今、僕の心はスイッチオフだ。感情が停止している。