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「髪切ったんだね!」と言ってしまってごめんね。

「別にそういう意味で言ったわけじゃない」
「悪気はなかった」
「冗談じゃん」
何か失言があった時や、誰かを傷つける発言をしてしまった時。
自己防衛の本能からこのように言い訳してしまうことは少なくない気がする。

小学生の時の忘れられないエピソードがある。
ある日クラスメイトの子が髪を切って登校してきた。
とてもさっぱりして似合っていたので、
「髪切ったんだー!いいねー!」と言ったら、その子が泣いてしまった。
想像していたリアクションとは違ったので、まだ幼かった私はびっくりして、その後のことははっきりと覚えていない。とにかく、担任の先生が仲介に来て、その子に謝ったことは覚えている。
正直な話、
「髪切った?って悪口じゃないのになんで泣くんだろう」
「私だったら気づいてもらったら嬉しいのに」
とか思っていて、あの当時は渋々謝った部分が強かったように感じる。

この時間違いだったのは"悪口じゃないのになんで泣くんだろう"も"私だったら気づいてもらったら嬉しいのに"も、どちらも私の勝手かつ個人的な基準・解釈であるということ。それは今関係ないのに。

カジュアルな場でも、フォーマルな場でも、コミュニケーションにおいて”相手が不快な思いをしたらまず謝る"は大原則だと思う。
言葉そのものの良し悪しや発言者の基準・意図は、一旦関係ない。
今この瞬間相手がその発言によって傷ついたことは、紛れもない事実なのだから。人を不快にする発言をした時にまずすべきは速攻謝罪。
「なんかよくわからないけど謝ればいいんでしょハイハイ」的な謝罪ではなく、誠意を持った謝罪。

思い返すと、私が「髪切ったんだね」発言をしたことによってクラスの注目がその子に集まっていたし、教室にいた他の子達も、ほんとだー!とワラワラ寄ってきていた。
注目を浴びるのが苦手だったのかもしれない。
私は似合っていると思ったけど、もしかしたら本人はその髪型を気に入ってなかったのかもしれない。
今となっては、理由を聞ける術はないけれど。

前にどこかで見かけた、”優しさの半分は知識でできている”という言葉はいつも心の真ん中に置くようにしている。
知っていることで誰かを傷つけずに済むのなら、知っていることで誰かを救えるなら。

気をつけていても、きっと私はこの先も人を傷つけてしまう。
でもその時に、自己防衛ではなくて、まずはすぐに心から謝って、そして学びに繋げられるような人間でありたいと思う。

あの時心の底から謝れなくてごめんね。

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