好きなもの=必要なもの 4/10 さくら
さて、好きなもの=必要なもの4個目にして
「必要ではないかもしれない」
ものが来ました。
だいたい桜って観賞するものですからね。食べたりもするけど。食べなくてもいいし。
突き詰めると芸術もそうですよね。なくても生きられる。だけど愉しむ。だから贅沢、だから趣味。
…さて、桜について。
生花が好きな私ですが、なかでもさくらは特に好きです。
何が好きかって、まずは…色。
薄い薄い、ピンク色。鮮やかでないのに春の温度とともに、鮮明に目に焼きつくあの色。
青空にも、夜空にも、周りの木々の緑にも映える。
ぽかぽか暖かい日は可愛らしく、少し生暖かい春の嵐の前の夜は妖しく、雨の日は儚く。
次に、咲き誇るところ。
珍しいですよね、芽がでるのは後で、木に花だけ一気に咲くなんて。
そして、あんなに綺麗なのに
春のあらしのあとで一気に散ってしまうところ。
なんか潔い。弱いのかもしれないけど。
地面に散ったあの雨の日の、濡れた桜の絨毯も結構好き。
そして、私はこういう雨の日や夜の桜の風景が好きだけど、一般的には桜といえば晴れた日のお花見。
ここで、物語をひとつ。
ある晴れた日の春のこと。
河原には何本もの満開になった桜が並び、その下で色んなグループが各自お花見を楽しんでいる。
どこも賑やかだ。
「桜が観たい。」
そう言った私を連れてきてくれたあなたと私は
コンビニで軽く飲み物とサンドイッチを買って、桜の名所としては地元でそこそこ有名な河川敷に来た。
そしてとりあえず、桜を観ながら歩く。
「綺麗だね。」
そう言いながら歩いていたが、なんせそこそこ有名な河川敷。人だらけで、座る場所がない。
それにしても、みんな楽しそうにしている。
家族連れもいるけど、近くに大学があると言う場所柄、大学生が多いように感じる。少し懐かしい。ほとんど、サークルの新歓だな。
あなたはその景色を見て、言った。
「ああいうの、だいっきらい。」
だいっきらい。
あんまり好きじゃない、興味がないな、嫌い、
そのどれでもない「だいっきらい。」
大嫌いよりもかなりの感情がこもっているように感じる。
彼は、社会人になってから、大学に通っている人だった。
私は大学生の時に新歓に行ったことがあるし、お花見をしたこともある。でも。
昔から大勢が集まる場は、苦手だった。
大学に入るまでは、わざと誘われなかったことも多分あるけど。ただ大学に入ってからの「飲み会」といえば、
騒がしい店内。アルコール。騒ぐ人々。何度も繰り返す自己紹介と同じ質問への回答。微かに見える、下心。
誰かが抜けても絶対に成り立つ。
だけど帰ろうとする人には、本気なのか社交辞令なのかよく分からない引き留めと二次会、三次会、…。
まぁ新歓ていう浮かれた感じも嫌なんだろうな。
もちろん色々な人と出会えるのは貴重な機会で、そこからだんだんと何人かと仲良くなっていくから良いこともある。むしろそこからだから、誘ってもらえるのはとってもありがたいし、いい人もたくさんいる。
だけど。
「え〜?なんで嫌いなの??楽しそうじゃん。
実際楽しいこともあるよ〜🌸🌸??」
なんて言葉は全く必要ないから、居心地が良かった。
好きなものが一緒というのは、仲良くなりやすい。
だけど長く一緒にいるには、嫌いなものが一緒っていうのが大事だとか聞いたことがある。
好きと嫌いは紙一重。
嫌いは単純に好きじゃないほかに、好きだけど好きになれない。その中に羨望がないとも言い切れない。そんな感情のことも指す。
だから、だいっきらいってのは。
…「わたしも。」
そう言った。
自分が大学生なら絶対に言えなかった回答をした。
このあとさらに人気のない奥の道を進んだら、桜に囲まれた広場があった。
その広場でもまた、バザーやパフォーマンスをする人、観客で賑わっていた。
空いていたのは、桜の木が邪魔をして
パフォーマンスが見にくくて、広場に背を向けたら座りやすい足場の椅子ひとつ。
そこにふたりで座って、紅茶とサンドイッチを食べた。
「綺麗だね。」
「うん。」
おいしいしね。
桜は散って、また何度も春が来る。
でもあの時の桜は一度きり。
桜を儚いという人間を、何百年もそこにある
桜の樹が笑って見ている、ように見えた。
れ