エミコちゃんのおにぎりの話
私が育った秋田市は、中学校までが給食で、高校からお弁当だった。3年間のお弁当生活も、仕事があまりに忙しかったうちの母は手一杯だったみたいで、私が高校生の時は、お弁当は自分で準備するか学食に行くことが推奨されていた。タイミングとして母が出世していた時期だったので、お弁当を毎日作るのは煩わしかったのだと思う。
私の個人的な家庭事情は、そういう感じだったので、私自身の高校時代のお弁当の良い思い出というものが、あまりない。自分で作って詰めてたから、味もわかるし、ワクワクもしなかった。だったら学食に行くか買って食べる方が、まだ気分的にはマシな感じだった。けれど、お弁当以外の食べ物の思い出は、感慨深いものばかりだったりする。
私は女子校だったので、食欲も食べることへの貪欲さも、みんながあからさまで大らかで、とっても楽ちんだった。古い古い校舎で、暖房がスチームだったので(ぐねぐねしたパイプが教室に通っていて、そこに熱い蒸気が送られてくるとてもアナログなもの)、スチームパイプの上に金属製のお弁当箱をみんなで乗っけたり、友達が作ったアップルパイを乗っけたりして、熱々に温めておいてお昼に食べるのが流行っていた。
その当時、仲良くしていたエミコちゃんは、電車で1時間かかるところから通学していたので、いつも朝ごはんのおにぎりを持ってきて、朝に教室で食べている子だった。
エミコちゃんのおにぎりは不思議なくらい大きくて、キレイに焼けた醤油の焼きおにぎりだった。エミコちゃんは本当に折れそうなくらいに小柄な子だったので、彼女の小さい顔と大きな焼きおにぎりのコントラストがなんだかユーモラスで、私は食べているところをついつい凝視してしまうのだった。
あまりにもそのおにぎりが美味しそうなので、私と友人のリエちゃんは「そのおにぎりの中身は何なの?」と、つい興味津々さを丸出しにして聞いてしまった。
エミコちゃんはいつも変わらぬポーカーエフィスで(とても冷静な子だった)、「おかかとカマンベールだよ」と答えてくれた。その時、私とリエちゃんは、二人でのけぞって驚いた。今の時代なら、ご飯とチーズはよくある組み合わせかもしれないけれども、私が高校生の20年前には斬新すぎて、とにかくビックリしたのを覚えている。
「なにそのハイカラな組み合わせ!!!!」とリエちゃんと私は大騒ぎ。二人揃って「食べてみたい!!」の大合唱。というわけで、次の日にエミコちゃんはお母さんに頼んで、そのおにぎりを3つ作ってもらって、持ってきてくれたのだ。
初めての、カマンベールの焼きおにぎり。大きくて程よく柔らかな握り方で、おかかとカマンベールチーズの絶妙な組み合わせ。こんな美味しいおにぎり初めて!とリエちゃんと感激して食べた。キレイに焼きあがった表面に、エミコちゃんのお母さんの愛を感じた。エミコちゃんの6時台の電車に乗るために、お母さんはこんな手間のかかるおにぎりを準備しているんだなぁって。専業主婦のお母さんが羨ましかった。
そこから度々、私とリエちゃんのリクエストに応えて、エミコちゃんのお母さんはこころよくおにぎりを作ってくれた。3年生になってからは別々のクラスになるからと、2年生最後の修了式の日にも、そのおにぎりを作ってもらったように記憶している。
高校を卒業してから10年くらい経って、エミコちゃんが高校生の時に付き合っていた彼氏と結婚することになった。結婚式も感慨深かったけれども、エミコちゃんのお母さんに初めて会うことができた。「その節は、いつもおにぎり作ってくださって、ありがとうございました」とお礼が言えて、やっと感謝の気持ちを棚卸しできた気分になった。その日はリエちゃんとエミコちゃんと、「本当によくあのおにぎり食べてたよね」と何回も言っては、何回も笑って過ごしたのだった。