方法の限界を超えるー課題のモデル化 8

こんにちは。前回方法がもたらす限界について述べました。

そして個人的な体験として脳に対して遺伝子の観点から研究し、個人的な成果としては何も得るものがなかったかもしれないという話をしました。

これはその通りなのですが、しかしこの研究分野全体から考えた時、脳研究への遺伝子からのアプローチをこのタイミングで行ったこと自体は決して間違いではなかったと言う話を今回はまずしたいと思います。

前回話したオプトジェネティクスと言う新しい技術は 脳の機能を個別に確かめていくことができると、確信させてくれるツールとなりました。

これは脳の研究にとって本当に非常に大きな1歩です。

ところでこのオプトジェネティクスという技術は、ある微生物の細胞壁表面で機能している、光を感受して電気を流す遺伝子を同定したことから始まります。

そうです。現在の脳科学の発展の1番の立役者は、実は脳の機能とは全く関係ないように思われる微生物で機能する遺伝子がわかったことから始まるのです。

皆、脳の研究に、遺伝子の技術が何か大きな影響与える違いないと思っていたわけですか、現実には私も含めて多くの人が有意な結果を残せなかった一方で、 確かにこうした技術が確立され利用されるようになったということです。

前回の話の関連でもう一つ、なぜそもそも「酵母」というものを用いて研究する人がいたのかと言うことをトピックにしたいと思います。

これも実は方法上の限界が関わっています。

20世紀生物学の発展の一番の原動力は遺伝子を調べ操作する技術が確立したことにありました。

今まで外から観察するしかできなかった対象を遺伝子と言う本質から理解し、またそれを好きに実験できるようになったのです。

ただしその始まりにおいては、これらの技術は限定的なものであったので、不可能ではないが非常に手間がかかるか、実際にそれを十分活用することが難しい状況でした。

そこで酵母のような遺伝子全体の大きさが小さなシンプルな動物が研究の対象として選ばれました。酵母は分裂し増殖する様子など細胞の基本的な働きは実は人の細胞とそれほど大きく変わらないだろうと考えたのです。

こうゆう実験対象はモデル動物と言います。

この予想のとおり酵母を用いた研究で、のちにがん等ヒトの重要な疾患の原因になる遺伝子が次々に同定されていきます。 細胞の生物学の仕事の流れは、まず酵母で見つかり、それと同じものが人でも見つかると言うことが非常に多いです。

先年ノーベル賞受賞した大隅教授の仕事もまさにこうしたものの一つです。

方法上可能だけれども、現在まだ正体が見えないような状況の場合、 そこから先は誰が具体的な発見をするかと言う競争状況でしかありません。ゴールドラッシュのようですね。

一方で不可能ではないけれど、それを実現するのが手間や制約条件のために困難と言うケースもあります。 この場合自分の目的を満たす最小のモデルで検討を行うという発想は非常に有意義な考え方です。これは実は現在の生物学の流れそのものです。

現在の人工知能研究で、例えばハエの脳の研究が非常に有用であるというと多くの人が驚かれるかもしれませんが、私個人の研究者の直感としては、これから向こう10年などで見えてくる人工知能の大事な骨組みみたいなものはほとんどハエの研究から来るのではと思えてなりません。

もちろんモデル化を考えるときには最終的にどういった問題を解決したいかという視点が不可欠ではありますが。以下の例は日常でも起こることかと思います。

目の前に高い山があって、この山をどうしても登らないと地形がよくわからないと思い込んでいるようなことはよくあります。

けれど海岸線の周りの景色なら隣の低い山からでも十分確認できるということがあります。


あるいはこの低い山を登って上から見ることで、高い山を登る裏道を発見できるかもしれません。

なんにしろ登ってみなければ気づけない視点というものがあるのだと思います。

どんとこいサイエンス&テクノロジー。方法上の困難のブレイクダウンの方法は研究のセンスそのものだ、今回はそういうお話でした。

たどたどしい動画も是非。チャンネルではもう少し軽い動画もあります。

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