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審神者《さにわ》とは? Ⅱ Ψ ♾ "小さな私" は管理人 No.33
スピリチュアル・エマージェンシーについての適切なサポートについてはトランスパーソナルやスピリチュアリティの専門家の情報にお任せするとして、ここからは、私自身の経験や気づきを少し書いていこうかなと思います。
もちろん誰にとっても当てはまるわけではないとは思いますが、多少なりとも何かのお役に立てれば幸いです。
まずは管理人である "小さな私" が、受信器である脳ミソだけで、何か「考え」を作り出そうと思ってもなかなか上手くいきません。
それを無理矢理強引にやろうとすると、知識や記憶の寄せ集めの中でグルグル迷路にハマり込むことになります。
ま、これって誰にでもフツーによくある考え過ぎや悩み多き状態、ってことだと思うんですが・・・
ただ、これを半覚醒状態でやると、回転する意識エネルギー量がハンパ無いので、脳ミソ内のデータとランダムに入ってくる情報とでグルグル加速がトンデモ無くなり、下手すると妄想暴走ジェットコースターになりかねない💦
そんな時、前回お話ししたように『頭で考えたことの殆どすべてがゴミ!』と一喝が入る、ってわけで、
😤😤😤 ドードー、、、落ち着け、落ち着けってw
アハハ・・・、ごもっともでございますー!
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あらためて振り返ってみると、ナムとの対話の場合、"小さな私" はいかに聞き上手になるかがポイントだった気がします。
それはハイヤーセルフである "大きなわたし" が、"小さな私" とナムを橋渡ししているような感覚でもあります。
そのような時、"小さな私" は脇にどいて、勝手に進んでゆく対話を他人事のように見守り、また、脳裏にダイレクトに映し出されるヴィジョンを記録係のように大急ぎで描き留めるので大忙し、という感じになります。
そんなことを暫くやっているうちに、"小さな私" は考える主体と言うよりも、観察者、またはレポーターみたいに、意識フィールド内に入ってくる情報の真偽を見極め、交通整理や吟味したりする審神者的な役割が得意なんだなぁ、と思うようになりました。
"小さな私" とは、自分を意識している者、いわゆる "自我" の一部と言っても良いかと思います。
"エゴ" と聞くと自分勝手な利己主義のことをイメージするかもしれませんが、ここで言う自我とはもっと大きな意味で、自分自身の精神の中身すべてを守っている心の容れ物のようなものを指しています。
また自我と言うと "悟り" の足を引っ張る邪魔者であるかのようなイメージがあるかもしれませんが、次元を超える意識のジャンプには "健全で良質な自我の働き" は必須である‼️と、私はあえて言いたいと思います。
"小さな私" はこの肉体固有の意識であり、それに対し、さまざまな転生全体を見渡している魂意識がハイヤーセルフである "大きなわたし" です。
確かに"小さな私" や自我が肥大化してバランスを崩した場合には、"大きなわたし" との接続が上手くいかなくなったり、入って来る情報を歪めてしまうことがあります。が、だからと言って無くしてしまえば良いというものでもありません。
自我には自我の大切な役割があります。
どんなに高いジャンプでも、この次元をしっかり含んで着地しなければ全く意味がありませんから、進化の過程で肉体や地上に繋ぎとめてくれるアンカーとしての自我の働きは、とても大切です。
出発地点を見失わないためのアンカーの働きや、「心の容器」の管理人として、出入りする情報の整理や応用、構築などをやらせれば、自我の本領発揮というものです!
エヘッ、エゴとハサミは使いよう😜、ってネ。
てか、ともすれば今まで厄介者扱いされていた自我のシツコイくらいの粘り強さを最大限に活かすことによって、この3・4次元を引っ張り上げることが出来るんですってば、マジで。(笑)❣️
そう、神さまは必要のないものなどお作りになりません、て。
うんうん、ナムも、『何一つとして無駄なものなどありません』って、言ってましたモ〜ン。😍😍😍
つづく
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木倶知のりこ 著書:●絵本『小箱のなかのビッグバン』 *・* ・*●『ナム "RNAM" 時空を超える光と水の旅』