月報:2024年3月
愛すべき友人から花束のようなお菓子が届いた。明るい紅と桜色が眩しい。春はもう密やかに訪れていたみたいで、目の前の景色が明るいひかりを帯びた気がした。
窓を開けて、まだつめたい風を浴びる。遠くの方で鳥がさえずっている。マカロンを齧ったとき、かすかに立ちのぼる苺の香りが世界の匂いと混じりあう。こうして春は芽吹いてゆくのかもしれない。
■最近のこと
先日、漢字検定の準1級に合格した。172点でした。うれしいね〜。
他の勉強の息抜きに取り組んでいたので合否が心配だったけれど、無事に一回で合格できてよかった。
準1級は知識が不足していても推理で解ける場合があって、それがとてもおもしろい。例えば、今回の試験では「陰徳陽報」(いんとく・ようほう。人知れず善行を積めば良い報いを得られるという例え)という四字熟語が出題された。出題形式は「陰徳●●」のように記載されていて、●●に当てはまるものをひらがなの語群から選び、漢字で書く。
私はこの四字熟語を知らなかったのだけれど、選択肢をざっと見たとき、いかにも「陰」と対になりそうな「よう=陽」を見つける。そのように目星をつけてみると、陰ながら積んだ徳が陽のあたる場所で報いる、といういかにも四字熟語にありがちなストーリーができあがる。このような推論をもとに解くことができたときが本当に楽しかった。
これまでの人生で出会った漢字と、勉強を通して正しく再会できたのもうれしかった。準1級では「祁寒」(きかん。厳しい寒さのこと)という熟語で出題されることの多い「祁」の文字に見覚えがあり、祁門(キームン)紅茶の祁だ!と気づいてうれしくなる(読みも同じだね)。思わぬところで知識がつながるとうれしいし、学ぶことの楽しさの本質にふれられる気がする。
これからもたくさん学んで、食べて、読んで、眠って、書いて、健やかでいたいね。もっと聡明で在りたいし、すべてにやさしくなりたいし、しなやかで犀利な感性がほしいし、世界のことをたくさん愛したい。
待ちに待ったEdenのあたらしいアルバム『ENSEMBLE STARS!! ALBUM SERIES ーTRIP Volume13 Eden』のジャケットイラストとリード曲が発表された。
ジャケットイラストが鮮烈に眩しくて、華やかで、美しくて、うれしいな……クライマックスイベントからずっとうれしさが続いていて、彼らに生かされていると実感する。
凪砂くんが抱えている花はオーニソガラムであるという説を支持したい。春に咲く花で、なによりも「スター・オブ・ベツへレム」──ベツへレムの星という英名があまりにも似つかわしい。
ベツへレムの星はクリスマスの星とも呼ばれていて、身近なところでいえばクリスマスツリーの頂点を飾るきらびやかな星をいう。もともとは聖書の物語に登場する存在で、イエス・キリストの誕生を知らせた明るい星である。その星に導かれて東方の三賢人がイエスに会うために旅をはじめる。
多くの西洋絵画にイエスと三賢人、そして明るく輝く星のモチーフが描かれており、このジャケットイラストもどことなくそれを想起させる(衣装もクリスマスカラーだよね)。
多少なりとも美術を知ることで、いま私が生きるこの時代に発表された作品を鑑賞するときに、知識の補助線を引いてなにかを読み取ることができるのはうれしい。美術史やモチーフについてもいずれ本腰を入れて学びたいな。
話は逸れてしまったけれど、4人の配置もすばらしくうれしい。以前に出たアルバムが凪砂くんと日和くんの存在感がかなり強く、それをジュンくんと茨が支えるような構図だったのに対し、今回は4人が対等に並んでいてうれしい。かつてのアルバムがpresent──贈り物であり現在を示していたのに対し、今回はTRIP──旅、そして強烈な体験という未来志向であるから当然なのかもしれない。この構図そのものが、彼らの成長と進化を示していると思うと感極まる思いがある。
茨とジュンくんが背中を預けあうことってあるんだ……。
うれしいね……。
あとは星街すいせいさんの『ビビデバ』をたくさん聴いています。また夜のドライブで聴きたい曲が増えた、と思っているけれど実際には朝にばかり聴いている。
■ヨーグルトのこと
先日、おいしいヨーグルトを食べた。向井智香『ヨーグルトの本』(2022年,エムディエヌコーポレーション)を読み、ご当地ヨーグルトに関心を持ったのがきっかけだった。
この本では、ヨーグルトマニアを自称する筆者がいくつもの製品を紹介している。特筆すべきなのは、スーパーなどで全国的に流通している製品だけではなく、いわゆる「ご当地ヨーグルト」にあたる地方生産の製品が数多く紹介されているところだ。
たしかに、旅行先で馴染みのないメーカーのヨーグルトを目にしたことがある。飲むヨーグルトを購入したこともあったかもしれない。そう思いながら頁をめくりつづけていると、ご当地ヨーグルトという言葉で括るにはあまりにも多種多様な特性を有していることを知った。
せっかくなのでひとつ取り寄せてみよう。そう思い購入したのは、岩手県の岩泉ホールディングス株式会社が手掛ける「岩泉ヨーグルト」だ。『ヨーグルトの本』のなかで「噛めるほどもちもちしている」と評されていて、その不思議さに惹かれてしまった。
アルミパウチの包装にも馴染みがなかったので、届いたときにはなんだか奇妙な心地でいた。本当にヨーグルトなのだろうか、と思いながら開封する。パウチの中には晴れた朝の雪原のような白が広がっていて、思わず声をあげた。全国流通のヨーグルトとはあまりにも纏っている雰囲気が異なる。
口に運ぶと、生乳の甘く濃厚な香りが広がる。食感はたしかに硬めなのだけれど、水切りヨーグルトのような硬さではなく、やわらかいお餅とムースのあいだくらいの硬さだった。ヨーグルトというよりはヨーグルト味のスイーツのようで、正直にいえばあまりにもおいしい。おいしすぎる。近隣の店頭で気軽に買えないのが惜しいくらい、このヨーグルトにすっかり魅了されてしまった。
言うまでもなく、ヨーグルトは発酵食品だ。生乳から作られたばかりの時点から発酵は進み、風味は刻一刻と変化する。はじめは淡かった酸味も存在感を増し、また違ったおいしさを感じさせてくれる。これもはじめての体験だった。
気まぐれで手に取った本からすてきな出会いがあるとうれしい。ささやかな幸福を感じながら、次に読む本のことを考えている。そして、次に取り寄せるヨーグルトのことも。
■観た映画のこと
今月は山口淳太監督『リバー、流れないでよ』(2023)を観た。ヨーロッパ企画の上田誠さんが原案・脚本を務めている、タイムループをテーマにした作品だ。
あらすじはこうだ。京都の貴船にある温泉宿で働く仲居のミコトは、あるとき世界がループしていることに気づく。部屋の片付けをしていたはずが、気がつけば旅館の裏にある川のほとりに立っている。同僚や宿泊客も次々と異変に気づき、どうやら全員が2分間を繰り返していることを知る。
2分間というきわめて短い時間を繰り返すという設定がとにかくおもしろい。ループに巻き込まれている人々は記憶を保持しており、精神的な連続性は保っている。ただしきっちり2分が経過すると、2分前に居た場所へとワープしてしまう(作中では「初期位置に戻る」と呼称している)。
2分間でできることは少なく、初期位置によっては行ける場所も限られている。それなのに次から次へとトラブルが勃発し、各人の思惑が騒がしく入り乱れるさまがとにかく楽しくて仕方がない。途中でしれっと刃傷沙汰が起こったとしても、2分間が経てば元どおりになってしまう。
中盤で、とある登場人物が「ループの原因は自分にある」と吐露したところから物語は大きく動き出し、やがて予想もつかない結末を迎える。ループの原因があまりにもヨーロッパ企画らしくて笑ってしまった。私は『サマータイム・マシン・ブルース』も大好きなのだ。爽やかで心地よいラストがすばらしく、ループに関わった人々の人生がほんの少し上を向くような、軽やかな祝福が降りそそぐような結末が愛おしかった。
「貴船はそういう場所だから」。作中で幾度となく語られた台詞だが、それには不思議な説得力があった。白い雪と赤い鳥居のコントラストがどこか浮世離れしていて、彼岸と此岸のあわいに佇むようなロケーションがすばらしい。ループのたびにずれていく世界線を雪の有無で表現していたのも幻想的でよかった。ただ繰り返しているのではない、という緊張感がスパイスになる。
エンドロールでくるりの『smile』が流れたとき、最後のピースがぱちりと嵌ったような感覚があった。この映画がもつ体温に、くるりのあたたかい音はあまりにも似つかわしい。最初から最後まですばらしい映画だった。いいなあ、よかったなあ、という満足感をいつまでも抱きしめていた。
タイムループものといえば竹林亮監督『MONDAYS/このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない』(2022)もよかった。こちらも『リバー、流れないでよ』と同様に主人公の職場で時間のループが起こる物語だが、そのループの幅は一週間である。
広告代理店で働く吉川は、無限にやってくる仕事を捌きながら休日返上で働きつづけていた。あるとき、吉川は後輩たちから「同じ一週間を繰り返している。原因は部長にあるので、なんとかしてループに気づいてもらわないといけない」と告げられる。はじめは半信半疑の吉川だったが、やがて本当にループしていることを確信する。
この作品では、ループに巻き込まれている人々は記憶ごとリセットされてしまう。ただでさえ永遠に続くような労働のなかにいるのだから、変化がないことに気づくことは難しい。吉川にループを告げた後輩たちは、月曜の朝に起こる特徴的な出来事──鳩が窓ガラスに激突する──を合図にして記憶を取り戻していた。吉川も同じ合図でループの記憶を取り戻し、一週間の牢獄から脱出すべく奮闘する。
脱出のためには原因である部長に気づかせなければならない、そのためには社内でのポジション順に上申しなければ信じてもらえない、という発想がおもしろい。激務すぎてループに気づきにくいという環境といい、会社組織を皮肉ったような構造が新鮮でよかった。いつループから抜け出しても困らないように、信じられないような速さで仕事を片付けていく様子も痛快だった。
いつまでも呑気な部長と必死な部下たちのコントラストを可笑しく思いながらも、ラストシーンが訪れるころには全員のことが愛おしくなっていた。憂鬱なはずの月曜の朝をさわやかに迎えられるような、元気の出る映画だった。
それでは、またね。おやすみなさい。