見出し画像

月報:2023年9月

 季節は、吹く風から先に秋に変わる。陽光はまだ夏だけれど、それも次第に薄れていくのだろう。かすかに感じる金木犀の香りは現実のものなのか、あるいは記憶のなかで香っているのかがわからない。お散歩をしたいと思っているうちに冬になりそうだ。

◾️brilliantdays42のこと

 某日、brilliantdays42に参加した。ジュン茨プチオンリー「純白の茨の花」が開催されており、すさまじい活気だったように記憶している。暑かったり涼しかったりして不思議な日だった。
 弊スペースにお立ち寄りいただいたみなさま、ありがとうございました。いただいたお気持ちはすべて大切にします。

ひとつのスペース、ふたりのなぎぬ

 スペースのなかに座っているとき、いま/ここに居るという感覚が極端に薄くなるような気がする。頒布物を手渡して会計をする機能として空間に組み込まれているような気分になって、それが案外心地よい。スペースという細胞が同人イベントという大きな生きものを動かしているのだから、さほど違和感はない。

 最近は頒布物の種類も増え、ありがたいことに友だちにお手伝いもしてもらえるので手持ち無沙汰になることは少ない。スペースにお越しいただいた方に話しかけてもらえるのも大変うれしい。
 はじめて出たブリデでは空白の時間が多かったので、本を読んで過ごしていた。三浦しをんの『愛なき世界』だったと思う。台風のせいで振替になった日程だったので、そもそも空席も多かった。シャッターの向こうから吹きこむ風に身体を冷やされながら、ひたすらにページを繰っていた。作品世界という非日常に没頭してふと顔をあげたとき、そこもまた同人イベントという非日常なのが楽しかった。あのときの私にとって、孤独も喧騒も等価だった。

 今回のイベントも楽しかったな。とはいえ私自身に限ってのことだけれど、新刊がない状態でイベントに出ることはしっくりこないなと実感した。過去にも新刊がないことはあったけれど、今回はその感覚がとりわけ顕著だった。
 どうやら私はイベントを本を出すための場として認識しているようで、イベントに出るために本(またはそれに準ずるもの)を作るのは本来的ではないと感じる。
 というわけで今後の予定を一度白紙に戻した。ゆっくり充電しながら書き溜めていこうかな。内々にお声がけをいただいているものはいくつかあるので、それについては責任をもって遂行します。

◾️イチオシTRIP in 静岡のこと

 2023年8月1日〜9月30日の間に、JR東海とENSEMBLE SQUARE(ソーシャルゲーム『あんさんぶるスターズ!!』の作中に登場するアイドル事務所たちの拠点)とのコラボレーション企画「イチオシTRIP!! in 静岡」が開催されていた。
 東海道新幹線沿線の観光スポットをアイドルたちが紹介してくれるという企画で、定められたコースをめぐりながらデジタルスタンプを集めていく。

 某日、「イチオシTRIP!! in 静岡」のEdenプロデュースコースをめぐる旅をした。

 新幹線に乗車したときからすでに旅は始まっていた。このコラボ企画では新幹線に乗車している間のみ聴けるボイスがある(位置情報の移動速度で判定するらしい。すごい)。
 茨とひなたくん、ゆうたくんがラジオのように軽妙な掛け合いを聴かせてくれてうれしかった。彼らの話を聴きながら流れる景色を見て、これから足を踏み入れる場所に想いを馳せる。下見に行ったときの話がとても良くて、アイドルたちの様子がありありと想像できた。
 個人的には、茨の語りのなかでジュンくんに関する言及がなかったのがかわいくてたまらなかった。オフィシャルな場ではふたりの仲の良さを窺い知ることができないほうがうれしい。

なぎぬの方がハシビロコウさんより少し大きいね

 はじまりは掛川花鳥園だった。コラボパンフレットを受け取り、園内を散策する。あんさんぶるスターズ!!とのコラボエリアは控えめに、けれど華やかに鎮座している。THE GENESISのMVを花に囲まれながら眺めるのは不思議な体験だった。
 あちらこちらを鳥たちが飛び交っていて、彼らの暮らしにお邪魔させてもらうような心地でいた。鳥とはほとんど接点のない人生であるため、目にするものすべてが新鮮でかわいかった。

 掛川花鳥園をあとにして、掛川市ステンドグラス美術館へ向かう。

バラ窓の形で配置された「聖母マリアの生涯」

 掛川市ステンドグラス美術館は、19世紀のイギリス・ヴィクトリア朝時代の作品を中心に展示している美術館だ。本来であれば大きな教会の、それも高い位置に嵌め込まれていたであろう作品群を間近で眺めることができる。その大きさと精緻さに圧倒されるばかりだった。

 とりわけ美しかったのはバラ窓だった。フランスで制作された作品で、12時の位置から時計回りに物語が進んでいく。
 このところ趣味で美術を学んでおり、バラ窓といえばゴシック建築の特徴だ、そして19世紀の作品ということはゴシック・リバイバルと関連があるのだろうか……と頭のなかでかすかに知識がつながるような、火花が散るような感覚があった。もっと勉強をしたい、と心から思う。

たしかにそこにある光

 よく晴れた日だったからステンドグラスは鮮やかに輝いていた。ガラスを通り抜けた光が床に落ちていて、その輪郭に触れられそうなほどだった。
 売店でバラのステンドグラスしおりを買った。日和くんのフィーチャースカウト2の衣装のようで、凪砂くんもこれを陽に透かしては本に挟むのかもしれないと夢想する。

 掛川駅周辺のエリアを離れ、用宗エリアへ向かう。海のそばを吹き抜ける風が好きだ。降り注ぐ陽光のなか、かすかに波の音を聴く。

釜揚げしらすと桜海老の二色丼とジュンくん

 しらす丼のお店を訪れる。大きなどんぶりに盛られたしらすはしっかり量があってうれしい。お醤油がいらないほどに味が濃くて、飽きない味だった。パンフレットによればジュンくんはおかわりをしたそうだけれど、本当に健啖家なのだとうれしくなる。

無花果、オリーブオイル、塩、煎茶

 旅の終点はジェラート屋さんだ。茨の経営するというアイスクリーム屋を想起しつつ、ここはきっと凪砂くんが選んだ場所だという確信があった。ジェラートの味はもちろんのこと、お店の佇まいもすばらしい。塩味のジェラートは海辺の味がした。

 全体を通して、このコラボ企画ではキャラクターを血の通った存在として現前せしめようとする手つきが感じ取れて良かった。それは掛川花鳥園で受け取ることができるパンフレットの巻頭の副所長挨拶に、そしてコースに含まれる場所とそれを選んだであろうキャラクターとが容易に結びつくことに顕れている。彼らはたしかにアイドルであり、楽しみながら仕事をしていることをまざまざと感じられた。

 そして、この旅においては私がひとりのファンでいられることも良かった。ゲームを通して物語に参加するためには、プレイヤーは否応なしに転校生あるいはプロデューサーという役割を担わざるを得ない(もちろん何者でもない存在として傍観することもできるが、それは参加ではないと思う)。
 ただのプレイヤーでしかない私自身が、彼らの輝きを支えていると感謝されることにずっと違和感があった。私が介入しなくても彼らはずっと眩しくて強い存在だ(その点Edenは七種茨自身がプロデューサーを務めているため、違和感がなくてありがたい)。そこにある種の居心地の悪さ、あるいは物語に没入しきれない感覚を抱いていた私にとって、今回のコラボ企画は「好きなアイドルの企画を楽しみに旅をしている私自身」として物語を享受することができて大変うれしかった。またこのような機会があるといいな。

◾️読んだ本のこと

 すぐれた短編を読んだとき、美しいものに触れたというたしかな感慨を抱く。粒揃いの短編集は贅沢の極みであり、長編を読み通したときの達成感とは異なる高揚がそこにはある。そのきらきらとした輝きはボンボンショコラのアソートに似ていると思う。

 青崎有吾『11文字の檻:青崎有吾短編集成』を読んだ。平成のエラリー・クイーンと評されるミステリ作家の青崎有吾の短編集で、表題作を含めて8編が収録されている。青崎有吾といえば『体育館の殺人』に始まる裏染天馬シリーズが印象的で、その謎解きの堅実なロジカルさが好きだ。短編集でもその手腕は健在で、むしろ短編であることにより凄みが際立っていた。

 なかでも表題作『11文字の檻』が白眉だった。短編のはずなのに一本の映画を見たような、奇妙な奥行きと疾走感のある作品だ。
 あらすじはこうだ。言論統制が敷かれた架空の国家では、政府の意に沿わない思想をもつ人々が収監される監獄があった。そこから釈放されるには、ある十一文字のキーワードを当てる必要がある。ヒントは「政府に恒久的な利益をもたらす十一文字の日本語」。たったこれだけでパスワードを当てることはできるのか。

 あらすじだけですでに面白いのだが、具体的にパスワードを当てるまでの展開にかなり読みごたえがあって楽しかった。仮説を立てて検証し、ヒントを掴む。それを繰り返してたったひとつの解答に肉薄していく流れには否応なしにどきどきさせられた。謎が存在すること、その謎が解かれることの魅力と快楽が短い物語のなかに凝縮されている。
 そしてなにより、解答が妥当であると納得できることがすばらしい。大きく魅力的な謎で物語全体を牽引するとき、その解が問いに見合わないものであれば一気に興醒めする。謎が魅力的であればあるほどその期待は高まるので、結末の着地の難易度は跳ねあがる。小川哲『君のクイズ』も同じような構造の物語で、『11文字の檻』と同じくらい鮮やかに着地していた。
 リアル脱出ゲームもそうだけれど、「もう少しがんばって考えていたら私でも解けたかもしれない、ヒントはあれほど提示されていたのだから」と思える塩梅の謎がいちばん気持ちいい。

 収録作でいえば『恋澤姉妹』も良い。こちらは『11文字の檻』とは毛色が異なる、いわば百合バイオレンスアクション小説だ。もともとは『彼女。百合小説アンソロジー』(実業之日本社)に収録されていた作品であり、いざ青崎有吾の短編集の中で再会すると、作家としての幅広さを示す役割を担っているように感じられた。
 青崎有吾はミステリもサスペンスもバイオレンスもアクションもうまくてすごいな、と素直に感嘆する。これではまるで迫稔雄『嘘喰い』ではないかと思っていたら、青崎有吾は『嘘喰い』のファンらしい。心から納得して笑ってしまった。

 それでは、またね。おやすみなさい。

いいなと思ったら応援しよう!