月報:2024年10月
今年の秋を迎えてはじめてのあたたかいお茶を淹れた。朝から雨がしとしとと降り続く日で、冬の色をした雲が重たく広がっている。かすかに痛む喉をいたわるために、ミルクパンでチャイを煮出した。シナモン、カルダモン、ブラックペッパーを振り入れて、生姜だけはきちんとすりおろす。カップに注ぐと、キッチンに甘く透明な煙が満ちる。氷河、あるいは雲海のような杏仁豆腐を添えると、どこでもない季節にいるような気がした。
■最近のこと
ずっと楽しみにしていた『メタファー:リファンタジオ』と『大穢』(前編)が発売されたので、大切に遊んでいる。これまでは一気に飲み干すようにコンテンツを味わっていたけれど、最近は可処分時間が少ないこともあり、かえってひとつひとつの作品としっかり向き合えているような気がする。
『メタファー:リファンタジオ』のモアさんがあまりにチャーミングで、アカデメイアに足繁く通っている。
それにしても、『メタファー:リファンタジオ』の初報から8年ほどが経っていると思うとなんだか途方もない気持ちになる。あのころは『プロジェクト:リファンタジー』と呼ばれていた気がする。記憶の遠近感が狂うなかで、生きていてよかったなとぼんやり思う。好きなクリエイターの作品を待ちながら年齢を重ねて、それでも好きという感情だけは新鮮なままであることがうれしいね。
先日、タンブルウィードの謎解き公演「loop」に参加した。
本作はタンブルウィードの体験型謎解きイベント100作目記念公演であり、「タンブルウィードメタ」(旧タンブルウィードエキスパート)レーベルの作品である。私がベストに挙げる「immortal」もこのレーベルの作品だから、「loop」にも大変な期待を寄せていた。
タンブルウィードは期待を裏切らない。本作でも予想のつかない新しい景色を見せてくれて、それがとてもうれしかった。高難易度の「タンブルウィードチャレンジャー」では必死に知恵を振り絞る楽しさ(そして苦しさ)を教えてくれるけれど、メタではその名のとおり「謎解きという営み」そのものへの深い愛情を感じさせてくれる。
久々に成功できたこともうれしかったな。なんと全チームが成功という驚異的な回だったのだけれど、それでも達成感はひとしおだった。
■遊んだゲームのこと(ネタバレなし)
先日、『シャレードマニアクス』をクリアした。本当にすばらしいシナリオで、私のオールタイムベストに加わるほどだった。せっかくなので未プレイの方向けの紹介をこの項目で書き、クリア済みの方に向けたネタバレを含む感想を次の項目で書こうと思う。
『シャレードマニアクス』はアイディアファクトリーが開発し、オトメイトよりリリースされている乙女ゲームだ。テキストを読むことがメインのビジュアルノベル方式で進行し、分岐もわかりやすい。
主人公の瀬名ヒヨリ(デフォルトネーム・名前のみ変更可)は、高校二年生の夏休みを目前に控えていた。幼馴染の萬城トモセと下校している最中に謎の男に出会い、ヒヨリは意識を失う。目覚めた世界は、都市伝説の「異世界配信」とよく似ていた。「異世界配信に出演すればどんな願いでも叶うらしい」そんな噂を証明するように、異形の頭を持つ男は「ここはなんでも願いが叶うアルカディア」と高らかに語りかける。
このようなあらすじから展開される物語は、恋愛を主題にしたゲームでありながらミステリ・サスペンス色に満ちている。一部を除いて互いに面識のない男女10人が閉鎖空間でともに過ごすはめになり、ドラマの配信に出演することを強いられる。演じつづければいつかは元の世界に帰れるらしいが、ルールは不明確である。そのうえ、10人の中には「プロデューサー」と呼ばれる裏切り者が紛れているときた。
本作では、9人の攻略対象ごとのルートと真相ルートの計10ルートが用意されている。プレイヤーは各シナリオを読み進めながら断片的な情報を獲得し、つなぎ合わせ、真相へ肉薄していく。この情報提示のバランス感覚がすばらしく、ひとつ謎を解決すれば次の謎が提示されるといったように、加速度的におもしろさを増す構成になっている。
個性的なキャラクターたちは各々の秘密を抱えていて、それが明かされていくことで見える景色が変わるような心地になる。立場や思想を知ることでなんとなく流していた台詞が違う色を帯びていく。ゲームを繰り返して、いろいろな人と恋に落ちるにつれて解像度があがっていく。このうえなくわくわくする体験だ。
相手を信じることと、相手に親愛の情を抱くことはイコールではない。同時に、深い愛情を抱いているからこそ嘘をつくこともある。信頼と疑心と愛情が立体的に交差し、複雑な感情の積層を生み出していく。
本作はフーダニット(誰がプロデューサーか?)も重要だけれど、なによりもホワイダニット(なぜそのようなことをしたのか?)が魅力的だ。その動機を知ることは、キャラクターの感情そのものにふれることに等しい。恋愛要素とのシナジーにより、深いカタルシスを喚起する。
真相に強引さがないところもよかった。作中世界は高度な情報管理が進んでいる社会であること=未来的な世界観であることを序盤できっちり示して、結末においても作品世界のリアリティラインに沿った真相が提示される。とても誠実なシナリオ作りだからこそ、中盤あたりである程度の真相の目星はついてしまうのだけれど、それでも予想のつかない要素ばかりで楽しかった。
乙女ゲームの枠にとらわれない面白さがあるのだけれど、物語を構成するうえで恋愛感情が欠かせないピースになっているところが大変好ましかった。「この媒体でなければ描けない物語」を私は深く愛している。
■『シャレードマニアクス』真相ルート、射落ミズキルートのこと(ネタバレあり)
※『シャレードマニアクス』真相ルートと射落ミズキルートの核心にふれています。
※未プレイの方が読むと、あなたのゲーム体験を著しく損なう可能性があります。
クリアするとしみじみ感じるが、攻略順がとても重要だ。これまでの経験から、重要なキャラクターにはロックがかかっていると勘づいていたので、真相から遠い順にローラーする気持ちでプレイした。
その結果、ミズキ⇒ケイト⇒トモセ⇒リョウイチ⇒キョウヤ⇒マモル⇒メイ⇒ソウタ⇒タクミ⇒真相の順となった。
かなりいい順番だったと思う。最初に射落ミズキさんを選んだのは偶然だったけれど、まんまとメロってしまったので運命に感謝している……。
トモセ⇒リョウイチのコンボはかなり重たくて笑ってしまった(トモセルートでリョウイチが優しくしてくれたから次に選んだのに……)。リョウイチルートでキョウヤとミズキの関係を察してからキョウヤルートを読めたのもよかったな。
タクミが黒幕であることは序盤からわかっていたけれど、AIだと疑ったのはかなり後半だったので楽しかったな。メイの立ち位置も予想外だった。私は常に驚いていたいので、飛躍しない程度に予想を超えてくれるのがいちばんうれしい。
前段でもふれたとおり、定義したリアリティラインの範囲内に真相をおさめておきながら、きちんと意外性をもたせる手腕がすばらしい。メイのルートの途中あたりではループも疑ったけれど、SFでまとめきってくれたのが本当にうれしい……。SF的世界観のもとで繰り広げられる感情のやりとりを愛しています。
射落ミズキさんのルートがいちばん好き(真相ルートとほぼ等価くらい)だけれど、それ以外ではメイのルートが印象に残っている。というか、あまりにもメイが実質的なパッケージヒロインすぎる。シナリオの力によってキャラクターが輝きはじめる瞬間はいつだってうれしい。
射落ミズキさんの話をします。
先月の月報でも書いたけれど、クレバーでスマートな立ち回りをして、美しく華やかで、犀利なひとを好きにならないはずがない……。巴日和さんと同じベクトルのうつくしさを感じる。
性別が最後まで明かされないところも本当にうれしかった。心から感謝してしまった。ありがとう……。
性別が明かされないことにより「目の前にいるあなたという人間そのものを愛している」という純粋な愛情に帰結するところがたまらなく好きだ。
永遠にどちらでもないままでいてほしい。現実世界に帰還したあとものらりくらりとはぐらかしてほしい。言及するときに三人称を使えない、特別な存在でいてほしい。
射落ミズキさんはもともと隙のないひとだ。情報局の局員(しかも課長!)として潜り込んでいるから、かなり割り切った立ち回りをしている。薬は盛るし、盗聴はするし、恋愛感情を容赦なく利用する。それでも完全に醒めきったひとというわけでもなく、相応の情があるから内心で葛藤しているところがたまらなく魅力的だ。
ヒヨリの好意を利用していたからか、蠱惑的な物言いをして翻弄する場面も多いのに、はじめは小さい子どもをあやすようなキスしかしなかった。甘い言葉には常に「異世界限定」という留保がついていた。官能的なのにプラトニックな、理想的な大人の振る舞いで魅了してくれる。語る言葉から本心が掴みづらく、ずっと目が離せなかった。
最初に攻略したこともあって、正体が最後まで読めなかったのもよかった。プロデューサーではないと思っていたけれど、さまざまなブラフに騙されては疑ってを繰り返していた。ずっと感情が忙しかった。
ドラマ『年下の彼女』で容赦なく刺されたときの衝撃はいまだに印象深い。仕事ができるひとだ……。台本どおりに二回刺せるところも好きだな。クリアしたあとにショートエピソード『覚悟を決めた時』を読んで失神しそうになった。そしてソロ曲の「XYZ」のカクテル言葉が「永遠にあなたのもの」であることに気づいて今度こそ失神した。
エンディングタイトルに用いられている「キャロル」のカクテル言葉も「この想いを君に捧げる」なんだよね、眩暈がするよ……。
決してこちらを本気にさせてくれない、好意をちらつかせながらも踏み込ませないタイプのひとが、予想外に深い愛情を抱いていたときに感じる衝撃はなにものにも代えがたい。
ミズキが「できた大人」であり「強いひと」だからこそ、その強固な仮面が綻ぶ瞬間がたまらなかった。
ミズキが告白を一度保留して明確に線を引いたあとで、その線を飛び越えてくるヒヨリの覚悟に絆されたこのシーンがとりわけ美しい。そのあとの一か百かを迫られて一を捨てられなかったシーンも大好きで、甲乙はつけがたい。
ミズキ自身が覚悟のひとだから、主人公であるヒヨリも覚悟を決めた振る舞いをする。対等であろう、むしろミズキの手を引ける強さを得ようと決意する。その覚悟に絆されたのか、ミズキが丹念に隠していたであろう本音が涙のかたちで零れ落ちる。ほんとうは脆くて、脱げない靴のまま踊り続けるひとなんだ。真の「さみしがり屋」はミズキなんだね。その愚かさと弱さが真珠のように輝き、涙が伝う頬を一層美しいものにする。なぜか私は、射落ミズキさんを見ていると坂本龍一の『Ballet Mécanique』を想起する。
「わからないけれどあなたが好きで、あなたの手を引きたい」ということはなによりも深い愛情であり、希望だ。
あとは、地の文で明確に「華やかで美しいひと」であることが示されていたのもうれしかった。乙女ゲームという性質上、イラストレーターの腕の良さによりすべてのキャラクターが素敵なデザインをしているのだけれど、ミズキは作中世界でもとりわけ綺麗なひとなのだ、と提示されると安心する。もちろんデザインも一等すばらしい。作中で語られているとおり、「男性にしても女性にしても不足のない」うつくしさだ。
好きにならずにいられないよ〜〜〜………。
出会えてよかった……。
それでは、またね。おやすみなさい。