ショートショート(32話目)SMILE
『ねえ、相原くん。その笑い方、私にも教えてよ』
中学2年の秋、横山美晴にはじめて話しかけられた言葉はそれだった。
横山はいつもクラスで一人ぼっちだった。
ただ、友達ができないというより、自らで人を遠ざけているような、そんな雰囲気だった。
「え?笑い方?」
『うん。楽しくもないのに、どうしてそんな風に笑えるの?』
「なに言ってるんだよ、おまえ」
『私、知ってるの。さっきから安西さんと楽しそうに話してるけど、あなたが心の中では全然笑ってないこと』
隣にいた安西綾音の表情が曇る。
というより、いま目の前で起きていることが理解できていないようだった。
授業の始業を知らせるチャイムが鳴り、横山は何も言わずに席へと戻っていく。
僕と安西は顔を見合わせた。
僕と安西が心の中で思っていることは、おそらく違うだろうと、僕は思った。
~~~
「おい」
その日の放課後、僕は校門の前で帰宅しようとする横山を呼び止めた。
『何か用?』
「ああ。ちょっと、付き合え」
僕は学校から少し離れた神社へといき、ベンチの前で横山に「座れよ」と言った。
「いつからだ?」
『なにが?』
「僕が作り笑いをしてるって、気づいたのは」
『はじめて、あなたを見た時からよ』
「なんでわかった?」
『わかるよ。わたし敏感だから。君はみんなを騙すのがうまいから、私も人を騙したくなっちゃって、ついつい聞いちゃった』
「そうだとしても…。TPOをわきまえろよ」
『ごめんね。で、せっかく二人きりで話せる環境になったんだし、教えてよ。楽しくもないのに笑う方法』
「言い方どうにかならないのかよ」
『だって、そういう聞き方以外ないでしょ?』
「楽しくもないのに笑えるスキルが身に付いたら、おまえ何するんだよ」
『そうねえ。男子に笑顔を振りまいて、その気にさせちゃうかな』
「その気にさせる?彼氏が欲しいのか?」
『ううん。その気にさせるだけ。間違って告白してくるような男子がいたら、振っちゃう』
これ以上、黒くは染まらないであろう横山の髪が風で揺れる。
「おまえ、性格悪いな。見た目、けっこう可愛いのにな」
『相原くんも、見た目かっこいいよ。中身は詐欺師だけど』
「笑い方、だったな。口角をあげて笑うだけだ。やってみな」
『うん。わかった。ははは』
「おまえ、人生で笑ったことないのかよ。無表情で怖いよ。口角をあげるんだよ。ほら、こうやって。そのとき、同時に口も開ける。下の歯を見せるように意識すると、自然に笑ってる感じになる」
僕は「ハッハッハ」と笑ってみせた。
横山もそれを見ながら『ハッハッハ』と笑った。
「お、いいじゃないか。無表情の時より100倍可愛くみえるよ」
『ありがとう。詐欺師くん』
「その言い方、どうにかならないか?」
『ごめんね。笑い方を教えてくれてありがとう』
~~~
笑い方を教えたのにも関わらず、その後も横山がクラスで笑うことはなかった。
ただ、僕の頭の中には、あのとき笑った横山の笑顔がいつまでも焼き付いていた。
もう一度、横山が笑ってるところがみたい。
僕はそう思った。
~~~
その次に僕が横山に声をかけたのは、それから2か月が経った頃だった。
校門の前で横山をみつけた僕は「よう」と声をかけると、横山は『どうしたの?』と言った。
「久しぶりに、この前いった神社、いかないか?」
『うん。いいよ』
僕と横山は神社へと歩いた。
紅葉が地面に落ちていた。
季節は秋から冬になろうとしていた。
神社のベンチに腰掛けた僕は横山に「なんか飲むか?」と聞くと横山は『ううん。別に喉乾いてないから』と言った。
「この前、笑い方を教えたのに、全然クラスで笑ってないじゃないか?」
『ごめん。やっぱり、楽しくもないのに笑えないし、それに…』
「それに?」
『あの時はただ、ちょっと相原を怒らせたかっただけ』
「どうして?」
『どうしてって…。そうだね。相原は、私にないもの全部持ってるから、なんか嫉妬しちゃって。それで』
「横山だって、クラスの女子から結構嫉妬されてるぞ」
『うん。知ってる』
「愛想もないのに、見た目が可愛いだけでクラスの男子から人気があるって」
『うん。それも知ってる』
「たぶん、男子に笑顔なんて振りまいたら、もっと嫉妬されてた」
『うん。そうだね』
「だから、笑わなくてよかった」
血流量があがったせいか、横山の真っ白な肌が少しだけ赤く染まった。
『相原って私のこと、どう思ってる?』
「好きって言ったら、信じるのか?」
『ううん。信じない。だって、あなたは詐欺師だから』
僕と横山はそれから、とりとめもない会話をした。
横山は以前教えたような笑い方はしなかったけど、時々クスクスと微笑むことがあって、僕はその笑顔がとても魅力的だと思った。
結局、僕と横山が話をしたのはこの時が最後だった。
僕はいまでも、この日のことを思い出す。
もしもあの時、横山に対して好きだと言っていたら、僕と横山の関係はどうなっていたのだろうか。
きっと横山は『嘘つきだね、君は』といって、僕の告白を受け流していていただろう。
それでも...。
あれから4年が経った。
横山はいま、なにをしているのだろう。
黒い髪と、真っ白な肌。
いつも無表情で、決して性格もよくないけど、笑顔が似合う女の子。
それが、横山美晴だ。
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