ショートショート(15話目)後藤田って誰だ
第三中学校の野球部同窓会が地元の居酒屋で開かれた。
ピッチャーの橋本は結婚していて、すでに子供がいるらしい。
キャッチャーの村田は東京でIT企業に勤めている。
中学を卒業して、それぞれがそれぞれの道を歩んだ。
10年ぶりの邂逅(かいこう)。
お酒を飲んで、語り合った。
「中学のときに誰が好きだった」とか「いま何をやっている」とか、そんな他愛もない話を僕らはした。
ふと、ライトの後藤田がいないことに気づいた。
「そういえば、後藤田って今日はきてないのか?」
僕が言うと、みんな不思議そうな顔をした。
キャッチャーの村田が「後藤田って誰だ?」という。
「後藤田だよ。ほら、ライトの後藤田。補欠だったけど、肩だけは強かった後藤田だよ」
周りにいるみんなが顔を見合わせている。
「後藤田なんてやつ、うちの野球部にはいなかったぞ」
セカンドの楠木(くすのき)が言った。
サードの清水も、ショートの太田も、みんな後藤田なんて知らないという。
(おかしい。そんなわけがない)
僕はライトでレギュラーだったから、後藤田のことはよく知っている。
後藤田は肩は強いが、守備があまりうまくなく、打撃もよくなかった。
僕は後藤田とのレギュラー争いを制し、試合に出続けた。
後藤田は確かに目立つような存在ではなかったけれど、存在を忘れるほど影が薄い人間ではない。
後藤田とは進学した高校も同じだった。
高校の時も、プライベートでたま遊びにいく間柄だった。
そんな後藤田が、存在しないことになっている。
「ははあ。わかったぞ。なんか、ドッキリとかにかけようとしてるんだろ?で、あとからドッキリでした~ってオチだろ?な、みんな?」
僕がいうと、キャッチャーの村田が真剣な表情で言った。
「いや、そんなわけねえって。そのドッキリ、なにが楽しいんだよ。後藤田なんて、うちの野球部にはいなかった。なにか勘違いしているんじゃないか?」
周りの反応を見る限り、どうやらドッキリではなさそうだ。
これだけナチュラルな演技を全員ができるとしたら、ここはもはや演劇部だ。
となると、後藤田をみんなが知らない理由はなんだ。
僕はいくつか仮説を立ててみた。
仮説① 後藤田は僕にしか見えていなかった説
これは後藤田が幽霊だったということだ。
映画やドラマではこういった設定はよくある。
しかし、僕には霊感なんてないし、当時、ほかの野球部員と後藤田が仲よさそうに話をしているのを何回も目撃している。
だから。この説は否定できる。
仮説②後藤田に存在感がなさすぎてみんな忘れている。
現実的に考えると、この説が一番濃厚だ。
たしかに、後藤田は目立つタイプではなかった。
だけど、学年でたった15人しかいない野球部で、果たしてみんなが忘れるなんてことがあるだろうか。
そうだ。
たしか、レフトの前田は後藤田と仲がよかったはずだ。
僕は前田に聴いてみた。
「なあ、前田。おまえは覚えているよな?後藤田のこと。ほら、肩が強くて、頭が大きい後藤田だよ。」
前田は「後藤田なんて、うちの野球部にいたっけ?」といって首をひねっている。
これはおかしい。
僕は同窓会にきている人の人数を数えた。
すると、14人だった。
やはり、後藤田だけがいない。
と、そのとき、部屋の扉が開いた。
立っていたのは後藤田だった。
後藤田は
「わりいわりい、だいぶ遅れちまって」と言って手を挙げた。
「後藤田…」
僕の声をかき消すように、村田が声をあげた。
「おーーー、待ってたぞ。池谷(いけたに)。久しぶりだなあ。さあ、みんなで乾杯しよう」
(いけたに?)
***
僕の記憶が戻った。
そう、後藤田は中学校を卒業する3日前に両親が離婚して苗字が変わったのだ。
高校も一緒だった僕は、旧姓で呼ぶのはどうかと思い、「後藤田」と呼んだ。
ただ、他のみんなにとって後藤田は池谷であり、わからないのも無理はない。
卒業アルバムに乗っている名前だって池谷だ。
「おー、いけやん。久しぶりじゃん」
「池谷~。ほらほら、まあビールでも飲めよ。」
後藤田、いや、池谷はみんなから歓迎された。
これで野球部全員がそろった。
「いや~、ごめんごめん。そういえば、後藤田って池谷って名前だったよな。ついつい旧姓を忘れてたよ。」
僕がそういうと、キャッチャーの村田は言った。
「ところでさあ…」
「ん?なんだよ、村田。」
「おまえ、だれだ?」
~~おしまい~~
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