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ショートショート(31話目)世界が終わる10分前

10分後、世界は終わる。

だから、この日記は10分以内に書かなくちゃね。

もっとも、この日記を読む人なんていないから、書くこと自体がナンセンスなんだけど。

5年前のよく晴れた日の朝、地球に隕石が落ちてくるというニュースが流れたの。

落ちてくる隕石の直径は30km。

地球の大きさから比べたら、ぜんぜん大したことないって思ってたんだけど、人類を絶滅させるには充分な大きさなんだって、ニュースキャスターが言ってた。

落ちる場所は日本。
日本に落ちるなら、反対側のブラジルとかは助かるんじゃないかって思ってたんだけど、そんなことはないみたい。

隕石が落ちた衝撃でガスとかチリが噴きあがって、それが地球を覆って、太陽の光を遮って、気温が下がって、そうやって人が住めないような環境になるんだって。

防寒着を沢山用意しておけば大丈夫なんじゃない?って、馬鹿な私は思ったけど、そのくらい寒くなると作物も育たないし、家畜も生きていけないし、人間が食べるものがなくなるらしいから、やっぱり死ぬんだって。

餓死とか凍死は辛くて嫌だなと思っていたんだけど、隕石が落ちた場所から近いところはすべて吹き飛ぶから、隕石が落ちる近くに住んでいる人は即死だって聞いて、なんだかちょっと安心したの。だって、苦しいのは嫌だもん。日本に生まれてよかったって、この時ばかりは思ったよ。

この5年間、人類もただ手をこまねいて隕石の落下を待ってたわけじゃないよ。人工衛星をぶつけて軌道をかえられないかって試してみたり、火星に移住するためにロケットを何回も飛ばしたり、そんなことをやってた。

でも、なにをやっても隕石の軌道は変わらなかったし、火星に移住することもできなかったみたい。

一部の資産家はすでに地球を離れて、どこかの宇宙ステーションで暮らしてるって聞いたけど、そこらへんの話はよくわからない。でも、その話を聞いて思ったのが、大金持ちでも命は惜しいんだなってこと。当たり前か。



私はいま22歳だけど、約7分後に死ぬ。

『若い人が可哀そうだ』なんて大人はいうけど、そんなことないよ。

5年前から、私は人生なんてとっくに持て余してたし、17歳の私は「隕石でも落ちて地球が滅亡しないかなあなんて」そんなこと本気で思ってたんだから。

だから、ニュースを聴いた時、私の願いが叶ったのかななんて、そんなことを思ったの。

5年前から、世界では犯罪が増えた。
聖人君子を装っていた人も、恐怖には勝てなかったみたい。
人間の理性なんて、所詮その程度。

でもね、いいこともあったの。
忙しかったお父さんとお母さんが会社をやめてね、家で一緒に暮らしはじめたの。そりゃあそうだよね。だって、将来のことを考えて働いていたのに、将来がなくなっちゃったんだから。

私は当時、いじめで高校を不登校になってて、両親からはよく怒られてたんだけど、5年前からお父さんもお母さんも何も言わなくなった。ていうか、高校にいく子なんて誰一人いなくなったんだけどね(笑)。

みんなと一緒じゃなきゃだめだって、社会ってそういう風に教わるから不登校の子は否定されるけど、みんなが不登校ならいいんだって、そのとき思った。


私はずっと、もぐらみたいに深い深い闇の中にいてね、でも、世界はとても明るく見えて、だから生きてるのが辛かったの。

でもね、隕石衝突のニュースが入ったとき、もっと深い闇を見つけた気持ちになったの。

私にとって、より深い闇は希望の光だったみたい。

あ、いまちょっとうまいこといったかな。


あ~あ。
あと5分で隕石衝突かあ。

この日記も、消し飛んじゃうんだろうから、こうやって書いていること自体が無駄だとは思うんだけど、奇跡的に後世に残るようなことがあったとしたら、誰かが読んでくれたらいいな。

この5年間、私はとても幸せだったよ。

17歳まで人生に絶望してた私だけど、18歳で妊娠して、19歳で出産して、いま、隣には3歳の可愛い娘がいるの。

この子と最期の時を迎えられる私は、とっても幸せ。


~~~

私は日記を閉じて、娘と共に外にでた。

真っ暗な空に、隕石が光り輝いている。

隕石は、手を伸ばせば届きそうなくらい近くに感じた。


私は娘を抱きしめながら「ありがとう」とつぶやいた。






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