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何にも囚われず生きること

人は何かに囚われて生きている。

恋人、家族、仕事、常識。

その全てが不確かで、絶対的なものはない。

それでも、人は囚われる。

囚われれば、信じる。

信じれば期待する。

期待すれば裏切られる。

囚われは裏切られることのプロローグだ。

生きていると雑音が耳に入る。

この世界は雑音が多すぎる。

雑音は何かに囚われる1歩目となる。

信じて進んだ2歩目が失望へとつながる。

その繰り返しで人生は続く。

どこに行っても失望。

それを理解して1歩目を踏み出す者は勇敢だ。

だけど、踏み出さない者がいてもいい。

結局、終着駅は変わらないのだから。

囚われれば、向こう岸にいる者と対立する。

だから、争いはいつまでも消えない。

ならば、いっそ囚われなくていい。

さすれば、科学技術の発達はとまるだろう。

それが人類の退化だと私は思わない。

争いを無くすにはそれしか手段はない。

科学技術が発展して人の生活は便利になった。

一方で豊かさはどうだろう。

人は人が作った道具の下僕に成り下がった。

これが人類の進化とは到底思えない。

人工知能がある時代でも戦争はなくならない。

飽食の時代なのに自殺者は減らない。

人類が望んだ未来は果たしてこれなのか。

違うと思うなら、囚われないことだ。

囚われない生き方をいまからはじめよう。


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