ショートショート(25話目)仕事ができない島崎さん
「島崎さん、先週お願いしておいた資料はできてますか?」
営業職の木村さんに言われてハッとした。
「すいません。まだできていません」
「いつできますか?」
「今日中にやります!」
資料作成のこと、すっかり忘れていた。
パワーポイントを開き、資料の構成を考えていると今度は事務員の東山さんに声をかけられた。
「島崎さん、昨日電話対応をお願いしておいた森山商事の件ですが、もう対応してくれましたか?」
心臓がドキっと鳴った。
「本日中にやっておきます!」
これもすっかり忘れていた。
いまの会社に新卒入社して1年が経つ。
業務をこなすことができない日々が続いていて、私は毎日のように残業をしていた。
『1年目から裁量権のある仕事ができる』という社風に惹かれて新卒でこの会社の入社を決めたが、入社後に待ち構えていたのは仕事の山だった。
1つの仕事が終わるころには2つ、3つとやるべき仕事が増えていく。
私の2倍も3倍も業務をこなす人がいるのに、なんで私は仕事ができないんだろう。
自己嫌悪に陥ることも多い。
会社では、月の残業時間は40時間までと決まってる。
規定の残業時間内では業務が終わらない私は、勤怠を切って帰宅をして、自宅にある自分のパソコンで業務の続きを行う。
こんなことをするのはもちろん本当はダメだけど、こうでもしなければ今の会社についていくことができない。
そんな感じで、私の毎日は過ぎていく。
~2年後~
相変わらず、自宅のパソコンで深夜まで仕事をする日々は続いていた。
今日、私は会社を辞める。
地元の高知県に帰って、しばらくゆっくりしようと思った。
最終出社の日、職場のみんなが送別会を開いてくれた
たくさん食べて、たくさん飲んだ。
会も終盤となり、最後のあいさつでみんなの前に立った私は
「いままで本当にお世話になりました。」といった。
周りのみんなに少しも貢献できなかったのが、唯一の心残りだった。
直属の上司だった滝川さんが、最後にはなむけの言葉を送ってくれた。
「島崎さんはいつも私に笑顔であいさつをしてくれて、私はその笑顔に何度も救われました。辛い日も、悲しい日も、島崎さんの笑顔があったから、仕事を頑張ることができました。本当にいままでありがとうございました」
涙がこぼれた。
せき止めていた想いが、一気に溢れた。
仕事ができないことは私が一番よく知っていた。
周りに何も貢献できていないと思っていた。
だけど
『笑顔で挨拶をすること』。
こんな些細なことが、だれかの役に立っていたと思い、安堵した。
そのあと、親しいメンバーが2次会を開いてくれた。
たくさん泣いて、たくさん笑った。
しばらく地元でゆっくりしたら、また一生懸命働こう。
笑顔で挨拶をすることも忘れずに。
そんなことを思った、就業最終日だった。
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