ショートショート(12話目)クマの会議
日本に熊殺しの男がいる
そんな噂を聞いた熊たちは緊急会議を開いた。
会議に参加した熊はホッキョクグマ、ヒグマ、ツキノワグマの3頭だった。
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ホッキョクグマ「では、これから緊急会議を行う。我々にとって、決して無視できない問題だ。みんな忌憚なく意見を言ってほしい。議事進行はヒグマ、よろしくな」
ヒグマ「はい。それでは今回の会議の議題です。日本の青森県というところに熊殺しのマサという男がいるそうです。その男は街に出没する熊を殺しまくっているという話です。我々、熊にとっては由々しき問題であり、すぐさま対策をとる必要があると考えています。」
ツキノワグマ「なんで熊なんか殺してるんすかねえ。」
ヒグマ「それはわかりません。ただ、すでに10頭を超える熊が殺されています」
ホッキョクグマ「マサはどうやって熊を殺しているんだ?」
ヒグマ「噂によると、日本刀で熊を切りつけて殺しているとのことです」
ツキノワグマ「日本刀っすか?普通、熊を殺す道具って言ったら猟銃とかっすよね。ずいぶん古臭い道具を使ってるんすねえ」
ホッキョクグマ「うむ。確かに熊殺しの道具といったら普通は猟銃だろう。ただ、仮にマサが猟銃を使って熊を殺していたとしたら『熊殺し』なんていう異名はつかないだろう。猟銃で殺しているのでは、そこらにいる猟師と変わらないからな。」
ツキノワグマ「あーーー。なるほど。確かにそうっすよねえ。猟銃を使ってたとしたら、そこらにいるジビエ料理店の店主と大差ないっすもんねえ。」
ホッキョクグマ「ところで、熊の肉って本当に旨いのか?最近、ひそかにジビエがブームらしいが、どう考えても鶏や豚のほうが美味しいと思うんだ。そんなに無理してまで熊を食べる必要はあるのか?」
ツキノワグマ「ぼくらツキノワグマは森のどんぐりをたくさん食べているので、美味しいって評判ですよ。ホッキョクグマさんは多分、あんまり美味しくないっす。」
ホッキョクグマ「いや、熊の中ではそりゃあツキノワグマはおいしいだろうが、他の動物と比べてどうかって話だ。」
ヒグマ「あの、話が脱線してきたので、本題に戻してもらっていいですか?」
ホッキョクグマ「ああ。すまんすまん。熊殺しのマサの話だったな。そうだなあ。とりあえず、ツキノワグマ、おまえマサの様子を見てきてくれないか?」
ツキノワグマ「えっ?なんでおいらなんすかあ。おいら、体重80キロっすよ。ホッキョクグマさんのほうが身体大きいじゃないっすか。どう考えたってホッキョクグマさんが行ったほうが勝てる可能性高いじゃないですかあ」
ホッキョクグマ「たしかに、俺がいったほうが勝てる可能性は上がるだろう。しかしな、ツキノワグマ。それではおまえの成長にならない。俺は熊殺しのマサを倒すより、おまえの成長を優先したいんだ。」
ツキノワグマ「ホッキョクグマさん。そこまでおいらのことを考えていてくれてたなんて。」
ホッキョクグマ「ああ。もちろんだ。それに相手は所詮人間だ。しかも武器は日本刀のみ。おまえでも充分勝てるはずだ。」
ツキノワグマ「わかったっす!おいら、いくっす!」
~~3日後~~
ヒグマ「えー、熊殺しのマサについての第2回の緊急会議を行います。いきなりの報告ですが、偵察にいったツキノワグマが殺されました。」
ホッキョクグマ「えーーー!あいつ死んだのかよ!」
ヒグマ「はい。」
ホッキョクグマ「体重が少ないとはいえ、仮にも野生の熊だろ。さすがにあっさり死にすぎじゃないか?」
ヒグマ「なんでも熊殺しのマサは日本刀だけでなく猟銃も使うそうで、頭にズドンと一発くらったみたいですね」
ホッキョクグマ「なんだよ。猟銃も使うのかよ。ジビエ料理屋の主人と大して変わらないじゃないか。」
ヒグマ「とりあえず、会議が2頭だけというのも寂しいので、今日は別の熊を呼んでいます。では、挨拶をどうぞ。」
パンダ「はじめまして。よろしくお願いします。」
ホッキョクグマ「ちょっとまて。なんでパンダがいるんだ?」
ヒグマ「パンダというのはクマ科の生き物でして…」
ホッキョクグマ「いや、そういうことではない。今回の議題は熊殺しのマサについてだろう。いくら熊殺しのマサでも、さすがにパンダは殺さないだろう。今回の会議にはどう考えても不要な気がするんだが。」
パンダ「ホッキョクグマ。それは少し見識が狭いんじゃないですか?」
ホッキョクグマ「なんだと?」
パンダ「例えば、かつて人間世界では黒人差別が当たり前だった。そのとき、白人だからってその問題に対してなにもしないでいる人間がいたとしたらどう思う?」
ホッキョクグマ「そりゃあ、よくないよな。マザーテレサだって言ってたじゃないか。『愛の反対は憎しみではなく無関心だ』ってな。いじめだってそうだ。いじめっ子といじめらっれ子だけに問題があるわけじゃない。むしろ、大半の問題はそれを黙認していた周りの人間にある。」
パンダ「そうだろう。ならば、さっきホッキョクグマが言ってた、この場にパンダが必要ないってのは矛盾してるんじゃないのか?」
ホッキョクグマ「むっ。確かに。」
パンダ「わかればいいんだ。」
ヒグマ「では、会議を続けます。熊殺しのマサの処遇について、どうしましょうか?」
ホッキョクグマ「うーん。そうだなあ。そしたら、パンダ。おまえ偵察に行ってくれないか?」
パンダ「ちょっと待て。このまえそれでツキノワグマは死んだんだぞ。同じ手段を使うのはさすがにどうかと思うぞ。」
ホッキョクグマ「パンダ。俺だって、ただ同じ作戦に決めているわけではない。ツキノワグマとパンダには決定的な違いがある。それは、人間から愛されているかどうかの違いだ。ツキノワグマは人間からしたらかなり怖い。ただ、おまえがいけば熊殺しのマサも油断するはずだ。油断した隙をついて、頭をガブリと食いつけばいい。パンダって雑食だから笹以外も食べるんだろ?」
パンダ「待て待て。確かに俺は笹以外も食べる。しかしな、だからと言って俺がいくのはさすがにリスクが高いだろう。仮にも俺は絶滅危惧種だぞ。」
ホッキョクグマ「パンダ。情報が古いようだな。パンダは2016年から絶滅危惧種から危急種(ききゅうしゅ)に引き下げられた。すなわち、おまえらはもう絶滅危惧種ではない」
パンダ「な、なんだと。危急種だと?なんだ、その聞きなれない言葉は?」
ホッキョクグマ「まあ、わかりやすく言うと、絶滅危惧種は『めっちゃ危ない』。危急種は『まあまあ危ない』ということになるな」
パンダ「そうなのか。まあ、まあまあ危ないのは事実なんだろ?だったら、俺に万が一のことがあったら自然保護連合が黙っちゃいないぞ。」
ホッキョクグマ「まあ、確かにそうだな」
パンダ「そうだろそうだろ。というか、ホッキョクグマ、おまえがいけばいいじゃないか?」
ホッキョクグマ「俺が?」
パンダ「ああ、そうだ。」
ホッキョクグマ「パンダ。おまえはわかってないな。」
パンダ「なにがだ?」
ホッキョクグマ「俺も、危急種なんだ」
パンダ「なんだと!!まじかっ!!」
ホッキョクグマ「ああ。地球温暖化によって、われわれはどんどん住処を奪われている。北極の氷が全て解けたら、我々は絶滅する」
パンダ「そうだったのか。それは大変だな。そしたら、ヒグマ。おまえ行ってくれないか?」
ヒグマ「ちょっと待ってください。私はこの熊殺しのマサについての議事録をまとめています。私がもし殺されてしまったら、今後この問題の解決が計れなくなります。」
パンダ「うーん。困ったなあ」
ホッキョクグマ「なあ、パンダ。やはり、お前がいくのがベストだと俺は思う。なぜなら、この中で人間が敵とみなしてないのはパンダだけだからだ。」
パンダ「うーむ。確かにそうだが。」
ホッキョクグマ「考えてもみろ。人間はパンダが好きなんだ。おまえは熊殺しのマサになんの警戒心もなく近づけるんだぞ。この任務にこれ以上最適な熊はいない。」
ヒグマ「私もこの任務に関してはパンダさんがいいと思っています。」
パンダ「そうかあ?なんかヒグマに言われるとそんな気もしてきたなあ。仕方ない。俺がいくか」
ヒグマ「はい!よろしくお願いします!」
~~7日後~~
ヒグマ「えー、先日熊殺しのマサを偵察にいったパンダですが、捕まえられて動物園に売られたそうです。」
ホッキョクグマ「な、なんだと!」
ヒグマ「ずいぶんとマサは稼いだようです」
ホッキョクグマ「くそっ!困ったな。どうしよう。」
ヒグマ「熊りましたね。」
ホッキョクグマ「くまったくまった。うーーーん」
ヒグマ「あの。ここまできたらホッキョクグマさんがいくしかないと思うんです。」
ホッキョクグマ「なんだと?」
ヒグマ「よく考えてみてください。ホッキョクグマさんがいくのが一番勝率が高いんです。ホッキョクグマさん、体重何キロでしたっけ?」
ホッキョクグマ「600キロだ。」
ヒグマ「そうでしょう。しかも、身体の半分は脂肪なので、脂肪の鎧を着ているようなものです。日本刀では絶命に至らないでしょうし、仮に猟銃を使われても、一発では死なないはずです。」
ホッキョクグマ「ちょっと待て。その理屈で言ったら、おまえだってそうだろう。おまえ、体重は何キロあるんだ?」
ヒグマ「私は500キロです。」
ホッキョクグマ「ほら、俺と大して変わらないじゃないか。」
ヒグマ「あの、ホッキョクグマさん。前から言おうと思っていたのですが、あなたはリーダーとして足りないものがあると私は思います。」
ホッキョクグマ「なんだと?」
ヒグマ「最初にツキノワグマが死んだとき、あなたは自分の戦略が間違っていることを認めなかった。パンダの時もそうです。」
ホッキョクグマ「パンダの時は、おまえだって賛同してただろ」
ヒグマ「まあ、ともかく、リーダーというのは部下のために犠牲になるような精神がなければいけないと思うんです。これ以上、部下を戦死させるような作戦をとるのであれば、今後ホッキョクグマさんのもとで私は働けません」
ホッキョクグマ「ヒグマ…。わかった。俺がいくよ。仮にも俺は肉食動物の中では最大だ。熊殺しのマサだか何だが知らないが、一瞬で片づけてきてやるよ」
ヒグマ「よろしくお願いします!ホッキョクグマさん!」
ホッキョクグマ「おう!!」
~~2日後~~
ホッキョクグマ「熊殺しのマサに会ってきたぞ」
ヒグマ「おお。それでどうでした?仕留められましたか?」
ホッキョクグマ「いや、しっかりと話しあってきた」
ヒグマ「話しあってきたんですか?」
ホッキョクグマ「ああ。確かにマサは何頭もの熊を殺した。しかしな、それには理由があったんだ。」
ヒグマ「どんな理由ですか?」
ホッキョクグマ「マサの一人娘がな、かつて熊に殺されたそうなんだ。」
ヒグマ「な、なんですって?」
ホッキョクグマ「山を散策中に襲われたらしい。それ以来、マサは熊を憎んでいるそうだ。」
ヒグマ「そうだったんですね。」
ホッキョクグマ「ああ。今回の問題は非常に難しい。確かにマサの娘を殺したのは我々の仲間だが、熊が人間を襲ったのは人間が森林を伐採したことによっておきた食料不足が原因だ。人間が森林を伐採さえしなければ、熊だって人を襲うことはなかったと考えると、この問題は実に複雑だ。」
ヒグマ「そうですね。」
ホッキョクグマ「復讐は連鎖するという。復讐には終わりがない。だから、俺はマサを許そうと思う」
ヒグマ「ホッキョクグマさん…。」
ホッキョクグマ「仲間を殺された無念は晴れない。だけどな、マサを俺が殺してしまったら、また人間にとって熊は脅威の存在になる。そうなったら、お互いにメリットはないのではないかと俺は思うんだ。」
ヒグマ「そうですね。リーダーらしい、勇断だと思います!」
ホッキョクグマ「うむ。それでは、今回の事件は一見落着だ」
ヒグマ「ん、いま入ってきた情報によると熊殺しのマサは生涯独身らしいです」
ホッキョクグマ「え?」
ヒグマ「ホッキョクグマさん。マサに会ってませんね」
ホッキョクグマ「……………」
~~~終わり~~~
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