ショートショート(20話目)パチンコ生活者の恋
深夜3時。
悪夢で目を覚ました。
窓の外には漆黒の闇が広がっている。
季節は2月だった。
布団をかけすぎていたせいか、ひどく汗をかいていた。
服を脱いで、シャワールームにむかう。
二度寝する気にはなれなかった。
〜〜〜
僕はパチプロとして生活をしている。
行き来しているホールは5店舗ほどで、開放状況をチェックして稼働する店を決めている。
この日はメガハーデスという店舗で稼働をすることにした。
朝10時からジャグラーで稼働をはじめ、気づいたら17時になっていた。
朝から何も口にしていなかったので、自動販売機で缶コーヒーを購入して席に戻ると、僕の座っていた席の隣に女性が座っていた。
長い黒髪で整った顔立ちをしていて、パチンコ屋には似つかわしくない見た目をしていた。
彼女は座ってすぐにボーナスを引き、その後も立て続けに当たりを引きドル箱を積んでいった。
2箱ほど一気にだして、100ゲームほど回したところで彼女はメダルを流して帰っていった。
彼女が帰ったあとにすぐ、その台に別の男性が座ったが、閉店まで当たりを引くことはなかった。
やめ時まで完璧だった彼女が、少し気になった。
それからしばらく、僕はメガハーデスで稼働をすることにした。
〜〜〜
彼女がメガハーデスにくるのは決まって17時頃だった。
メガハーデスは駅前にあるパチンコ店で、仕事終わりにひと勝負するサラリーマンが多いため18時以降に混み出す。
17時は狙い目の時間で、台の挙動がわかるうえにそれほど混雑もしていないので台選びもできる。
彼女はジャグラーのシマを行ったり来たりしながら、僕の右隣に座った。
その日、彼女は100ゲームほどでレギュラーボーナスをひき、その後は呑まれては出てを繰り返していた。
GO GOランプが光っても彼女は無表情でレバーを叩き続けていて、そんな彼女の姿を僕は横目でみていた。
僕はその日好調で、差枚3000枚ほどのプラスになり、彼女は閉店間際にビッグボーナスが3回ほど続き800枚ほどを流していた。
換金所で特殊景品を交換してもらって、振り返ると彼女がいた。
会釈をして立ち去ろうとすると、彼女は「少し話しませんか?」といった。
僕と彼女は帰路につきながら話をした。
〜〜〜
「最近よくメガハーデスでみるけど、あなた、専業の人?」
「ええ。そうです」
「月にいくらくらい稼いでるの?」
「平均すると月に15万円くらいです。稼げる月は30万円くらい稼ぎますが、運が悪い月は5万円くらいのときもあります」
「へー。そうなんだ」
「あなたは、普段何をされているんですか?」
「駅ビルに入ってる本屋で働いているの。仕事終わりにメガハーデスにいって、良さそうな台があれば打つし、無ければ打たないし。」
確かに、彼女は打たないで帰ることもしばしばだった。
「パチンコの収支はどれくらいですか?」
「平均すると月にプラス2〜3万くらい。まあ、小遣い稼ぎにはなってるかな」
「いつも、立ち回りが上手いなあと思ってみてました。どんなことを意識して打ってるんですか?」
「レギュラーボーナスの合算しかみてないよ。ジャグラーの設定差って、結局レギュラーボーナスの違いくらいだから。なるべく回されていて、レギュラーボーナスの合算がいい台を1万円まで打つの」
「高設定だと思っても1万円以上は使わないんですか?」
「うん。使わないよ。ほら、スロットって確率の偏りによって設定1でも設定6みたいに出ちゃうことがあるじゃん。だから、どんなに良さそうに見える台でも、設定1かもって思いながら打つの。そうすると深追いしなくて済むから」
彼女は理論派だった。
きっとこれからも、マシンのように期待値を追って勝ち続けていくのだろうと思った。
「あの、名前聞いてもいいですか?」
「白石です。白石沙耶子。あなたは?」
「吉村です。また、よかったら話をしましょう」
〜〜〜
メガハーデスが回収期に入り、僕は他の店舗で稼働することが増えた。
メガハーデスにいかなくなって半年が経った頃、ふと白石沙耶子のことが気になり、僕は朝からメガハーデスへ向かった。
すると、ジャグラーの島に朝から白石沙耶子がいた。
髪の色は茶色になり、長かった髪は肩まで切られている。
白石沙耶子は僕に気付いて手をあげた。
白石沙耶子の横にはカメラがおかれていた。
僕は会釈をしてジャグラーの島を観察した。
昨日までのデータを見る限り、やはり状況は芳しくない。
状況の良くないメガハーデスでなぜ彼女が稼働しているのか、僕は気になった。
僕は彼女の右隣りで稼働をすることにした。
白石沙耶子はGOGOランプが光る度に「よっしゃー」とか「いいよ~」とか、そんなことを言いながらレバーを叩いていた。
僕はその日、閉店まで稼働してマイナス5000円だった。
白石沙耶子はというと、大きなハマりを5回ほど喰らい、かなりの金額を負けているようだった。
店をでて、僕は白石沙耶子に「少し話をしませんか」と声をかけた。
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「雰囲気、ずいぶん変わりましたね」
「前に会ったのって、いつでしたっけ?」
「半年前です」
「あれからもう半年経つんだ」
「白石さん、いつも17時から稼働してたのに、今日は朝から打ってるんですね」
「うん。3か月前に仕事やめて、いまユーチューバーしてるの」
「ユーチューバー、、、ですか。稼げてるんですか?」
「ううん。まだ雀の涙程度の収益だよ。でも登録者数も増えてきて、これからって感じかな」
「ずいぶん、打ち方が変わりましたね。今日、白石さんが打ってた台、どう考えても低設定でしょう。白石さんなら途中でやめるんじゃないかって思ってみてました」
「パチンコ系ユーチューバーってさ、堅実な立ち回りで勝ち続けても登録者数増えないんだよ。1週間ずっとでてない台を1日ぶん回してみたとか、1000回ハマりの台打ってみたとか、そういうほうが視聴者に受けがいいから」
「そういうことをやってると負け続けませんか?」
「うん。もう負け続き。実はいま、消費者金融にも借金しててね。このままいくと自己破産しちゃうかも」
そういって彼女は笑った。
「そうまでして、ユーチューバーを続ける理由はあるんですか?」
「私、人から褒められたり、承認されたりしたことがなかったの。でもYouTubeをはじめてすぐに登録者数が1000人を超えて、コメントで『可愛い』とか『応援してます』とか言われて嬉しくなっちゃって。それでやめられなくなっちゃったの」
「僕は、以前のように堅実に立ち回っていたころの白石さんのほうが好きです」
期待値をひたすらに追い続ける彼女は、そこにはもういなかった。
白石沙耶子は別れ際に「よかったら今度わたしのYouTubeみてよ」と言った。
僕は会釈をして彼女と別れた。
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メガハーデスにいかなくなって2年が経った。
僕のYouTubeには時折、白石沙耶子の動画がおすすめで上がってきたけれど、観る気にはなれなかった。
彼女はいまでも負け続けて借金をしているのだろうか。
いつかの彼女の姿を僕は思い出していた。
感情に溺れず、ひたすら期待値を追っていた頃の白石沙耶子を。
彼女の機能美に僕は恋をしていたのだと、そんなことを思った。
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