神殺しの似顔絵師(序章)
〜はじめに〜
神殺しの似顔絵師。
私がそう名付けた女性がいる。
いまはまだ無名だが、近い将来に有名になると確信している。
無名の段階で記事を書こうと思った理由は一つ。
有名になってから書いた伝記には脚色が混じる。
誰にも注目されないうちからリアルタイムで記事を書けば、そこにあるのは完全なノンフィクションで、フィクションが入る余地はなくなる。
もちろん彼女が有名にならないケースもあるし、いずれ結婚などして「似顔絵を描くのをやめます」と言ってくる可能性もある。
それでもこの記事を書きたいと思ったのは、私自身が彼女の似顔絵に魅了され、憑りつかれてしまったからである。
ここに、序章として彼女と出会ってからの半年間を記載する。
〜2021年11月4日〜
高校生の伊佐治太陽からメッセージが届いたのは肌寒い11月の夜のことだった。
伊佐治から人を紹介されたのは初めてだった。
どんな人かを聞いたら、高校生の女の子だと答えた。
そういって伊佐治は何枚かのデジタル画を私に送ってきた。
確かにうまいと思った。
私は伊佐治に「写真を送るので、彼女に似顔絵をお願いしてもらうことはできますか?」と言うと、伊佐治はすぐに『できます!』といい、私はイラストの報酬として3000円を支払うことを約束した
それから2時間ほどしてイラストが届いた。
うまい絵だと思った。
こうして、私は彼女の初めての絵の購入者となった。
翌朝起きると、伊佐治からメッセージが届いていた。
彼女の名前は山田祐実といった。
~11月10日~
「山田祐実にイラストのお礼を言いたい」というと、伊佐治はすぐにグループチャットを作ってくれて、私と伊佐治と山田はZoomで話をすることになった。
山田祐実は寡黙な人間だった。
積極的に自分から何かを話すことはなかったし、何か質問をしても返答までに空白の時間が1分以上あることもしばしばだった。
私のことを警戒しているのかとも思った。
考えてみれば、17歳の高校生が36歳の男と話をしているのだ。緊張もするだろう。
私は時間をかけて自己開示をするところから始めた。
山田は話をしている最中、『うんうん』とか『おー』とか、短い相槌を打っていた。
ひとしきり世間話をして、私は本題に入った。
「山田さん、絵を描いて生活していきたいと思いますか?」
そう聞くと山田は『そうですね。そんなことができたらいいですね』と言った。
「それでは、可能であれば私からもう一つ仕事を依頼したいです。今回も3000円の報酬をお支払いします。ただし条件があります。私の話を聴いたあとにイラストを描いてください。ヒアリングのやり方は私からお教えします。もしもこの仕事を受けるのであれば、イラストを描く前にヒアリング勉強会をやります。もちろん、この仕事を受けるも受けないも自由です。受けるなら、直接メッセージをください」
そういうと山田は小さく『わかりました』と答えた。
絵画の世界でも描きたいものを描くプロダクトアウトの商法から、相手が求めているものを描くマーケットインの商法への変移が起きている。
似顔絵も話を聞いてもらってから描いたほうが何倍も嬉しいだろうし、描く方もイメージがしやすいと思った。
しかし、それから2週間経っても山田からの連絡はなかった。
私から彼女にできることはすべてやったつもりだった。
それで連絡がなかったのだから、縁がなかったということなのだろうと思っていた。
ところが3週間めに急に山田からメッセージは届いた。
私が「落ち込んでいるんですか?」と聞くと、彼女は『はい』と答えた。
学校にいかない自分。
それでも焦りがない自分。
両親に対する罪悪感。
それらの理由で落ち込んでいるのだという。
私は「時間の経過を待ってください。時間は最も優れた精神科医ですから」というと山田は「なるほど。そうですよね」と答えた。
その翌日、山田から『そういえば、このまえ提案してもらった仕事、受けてみたいです』とメッセージがきた。
こうして、山田祐実のプロデュースは始まった。
〜11月29日〜
ヒアリング勉強会初日、一抹の不安が私にはあった。
それは、山田が他人とコミュニケーションをとることができるだろうかという懸念だった。
山田は何かを質問しても、返答がくるまで長いときで1分以上の時間がかかる。
それでも、私にできることはすべてやろうと心に決めていた。
そうでなければ後悔する気がしたからだ。
「じゃあ、いまからヒアリングの極意を教えます。理論はとても簡単ですから、ぜひ覚えてください」
私はヒアリングの理論を説明した。
ヒアリングとは大きい塊の質問をいくつか用意して、その塊の細分化をしていくこと。
例えば
Q1.趣味は何ですか?
A1.読書です
↓
Q2.どんな本が好きなんですか?
A2.東野 圭吾の小説が好きです
↓
Q3.東野 圭吾小説で一番好きな本は何ですか?
A3.容疑者Xの献身です
このような感じだ。
質問項目は事前にいくつか用意しておくといい。
趣味、特技、楽しかったこと、今やってる仕事などだ。
私はヒアリングの理論について話し終えたあと「では実際にやってみましょう」と言った。
山田は『15分ほど準備の時間をください』といい、予定より早い10分後に実践は始まった。
山田のヒアリングはうまかった。
すぐに理論を飲み込んだのか、それとも発信が苦手なだけで受信はもともと得意だったのか。
どちらにせよヒアリング技術を山田はすぐに体得した。
「OKです。ではいまのヒアリングをもとに私のイラストを描いてください」
山田は『はい』と言って通話を終えた。
どんな作品ができるのか、楽しみだった。
その1時間後に似顔絵は届いた。
似顔絵に命が吹き込まれたような、そんな気がした。
宛名のない手紙は人には届かないという言葉がある。山田の似顔絵には確かに宛名が存在した。
それから山田は制作工程を動画にした。
これはものになる。
そう思った。
~11月30日~
同じ職場で読書仲間だった舘野に、私は昨日の動画を見せた。
すると
『すごいです! しっかりヒアリングして内面を分析してから似顔絵を描いているんですね…! 絵が完成していくまでの試行錯誤もみえて感動しました』
と舘野は言った。
「似顔絵が必要な人がいれば3000円でお受けするので、いたらぜひおつなぎください」と私がいうと舘野は『ちょうど私がSNS用に似顔絵が欲しかったのでお繋ぎしていただいてもいいですか?』といった。
私は山田に「新しい仕事の依頼があります」といい、舘野を繋いだ。
山田は人一倍臆病だが、舘野のように常に人を傷つけないように配慮ができる人間とならばきっとコミュニケーションをうまく図ることができるのではないかと思った。というより、舘野を相手に話すことができなくなるようでは、この先はない。
山田は舘野と話をすることをとても緊張しているようだった。
山田からすれば、二人目のお客さんということになる。
その後、山田は舘野にヒアリングをして、似顔絵を描き切った。完成したイラストを見たとき、私は化けたと思った。
山田が怪物になった瞬間だった。
~数日後
私は舘野とランチをした。
もちろん、話題は山田の似顔絵の話に終始した。
舘野は『私の悪い部分、全部消して描いてくれた気がして感動しました』と言った。
ちなみに私には舘野の悪い部分が全く見えない。
そのくらい舘野は優秀なのだが、どんな人間でも自己嫌悪感は抱えているものだと、そう思った。
~~~
その後、私は「経験数を増やそう」と山田に言い、特に仲のいい知り合いを山田に紹介し、似顔絵を描いてもらうことにした。
山田は快く仕事を受け入れた。
そして似顔絵を描いた。
ちなみにこの似顔絵は、のちに名刺写真に採用される。
〜〜〜
その後、多摩美術大学を卒業して画家として活動している棚木を私は山田に紹介した。
山田からすれば、絵画の有識者を相手にするのははじめてのことだ。
うまくいけば自信になると思った。
この頃から、山田ははじめての人と話をすることにそれほど抵抗感を示さなくなっていた。
山田は棚木にヒアリングをして、そして似顔絵を描いた。
棚木の雰囲気をよく表現した似顔絵だと思った。
棚木も山田の作品をたいへん気に入ってくれた。
この時から、山田の絵画への向き合い方が変わったことに私は気づいた。
山田は棚木の似顔絵を描き終えて10分ほどして、こう言った。
山田は先天的に絵画のスキルが高かったが、それ以上の才能に私は気づいていた。それは、人を喜ばせたいという執念だ。
何ヶ月か前、山田とはそんな話をした。
私が「人を喜ばせたいっていう執念すごいよね」というと、山田は『それってみんな持ってる当たり前なんじゃないですか?』と言った。
人を喜ばせたいという気持ちがデフォルトで存在している人間が筆を持っているのだ。ペンは剣よりも強しという言葉があるが、絵画も間違いなく剣よりも強い。
山田は納得がいかなかったという棚木の似顔絵を再度描き直した。
山田の表現の幅は本当に広い。
〜〜〜
山田は次々と作品を描いていった。
山田の描いた似顔絵はまるで生きているようだった。
〜〜〜
私は自身の3枚目の似顔絵を山田に依頼した。
依頼した理由は、山田が表現してくれた似顔絵が少し優しすぎるように感じたからだ。
私は優しい人間ではない。どちらかといえば目的達成のために手段を選ばないマキャベリストだ。
私はヒアリングの際に、山田に正直な気持ちを話した。
元来ドライな人間で共感力が低いこと。
理論で行動するマシンのような人間であること。
人生には意味がないと考えているニヒリストであること。
それら全てを伝え終え、山田は制作にとりかかった。
山田の似顔絵完成までの時間は早い。
平均で約1時間。
長い時でも4時間で完了する。
似顔絵が完成するまでの時間が永遠にも感じた。
どんなものがくるのだろうというワクワク感だけが心を支配する。
約1時間後、似顔絵は届いた。
似顔絵をみたとき、思わず息をのんだ。
そして、少しだけ、いまよりも少しだけ優しく生きようと思った。
私は無宗教だが、この絵は神が描いたのではないかとおもった。いや、神というメタファーすら生ぬるさを感じるほどだった。
神ですらこの世界をいまだに平和にできていない。だが、世界中の人が山田に似顔絵を描いてもらったら、きっといまより少しだけ優しくなって、世界は平和になるのではないかと思った。
神殺しの似顔絵師。
私はそう彼女にあだ名をつけた。
〜2022年4月1日〜
私には3年ほど前から、ずっとお世話になり続けている人がいた。
私はその人になにも恩を返せていないことを後悔していた。
ふと、山田祐実のことが頭に浮かんだ。
神殺しの似顔絵ならば、もしかしたら喜んでくれるかもしれない。
私はそう思い、山田祐実に「似顔絵をプレゼントしたい人がいる」と言った。
山田祐実は似顔絵を描く人の情報を事前に漏れなくインターネットで拾う。インターネットで拾える情報は全て拾ってからヒアリングをすれば、極限まで相手の時間を奪わずにすむからだ。
山田祐実の凄さは絵画のスキルの高さというよりも、そういった超一流のビジネスマンのような気遣いであり、私はその姿勢を見るたびに感服した。
それに加えて今回は「清水さんにとって最も特別な人だと思ったので、その方とのエピソードを聞かせてください」と彼女は言った。
私はその人とのエピソードを語った。
いかにその人から学んだか。
いかに恩寵を受けたか。
格好いいと思った話や敵わないと思った話。
気づけば2時間ほど私は彼について話をしていて、山田は「うんうん」と丁寧に話を傾聴してくれた。
〜4月13日〜
ヒアリング当日。
緊張と高揚が混じった妙な気持ちで私は約束の時間を待っていた。
もはや私ができることは、ただただ祈ることだけだった。
ヒアリングが終わったあと、山田からメッセージが届いた。
それから、山田はすぐに似顔絵にとりかかった。
待っている時間はわずか1時間ほどだったが、永遠にも感じる長さだった。
そして、似顔絵は完成した。
似顔絵から、オーラが見えた気がした。
これまで私が何も恩を返せなかった人に、一矢報いることができた気がした。
私は山田祐実にお礼を言った。
山田からも短くメッセージがきた。
私は山田祐実の名前が世界に轟くことを信じている。
神殺しの似顔絵師と名付けた山田祐実のストーリーはまだ序章にすぎない。
「不登校は悪い」なんて言わせないくらい、山田祐実の凄さを私が証明してやるのだ。
〜序章 完〜
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