ショートショート(43話目)回帰
無意識から有意識への変換は言葉によって成された。
長い夢から覚めたような、そんな感覚だった。
『お疲れさまでした。いかがでしたか。3回目のコンティニューは?』
「コンティニュー?」
すべての記憶が戻った。
そうだ。私は3回目のコンティニューをした。
同じ人生をやり直し、今回こそやり残したことをクリアしようとした。
でも、だめだった。
「今回もダメだった。どうしても、娘を変えることができない」
『そうでしたか。まあ、コンティニューした瞬間に記憶は消されますので、致し方ないですよ』
「どうして、、、どうして娘を変えることができないのかしら」
『様々な理由があります。遺伝の関係だったり、教育環境だったり、
理由は一つではありません』
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28歳の時、私は娘を授かった。
名前は手児奈(てこな)。
手児奈はおとなしい子だったけど、健康に育った。
私は手児奈の成長を見るのが楽しみだった。
手児奈は絵がうまい子だった。
小学生の時などは市のコンクールで金賞をとるほどだった。
そんな手児奈に変化が訪れたのは中学3年の春だった。
体調が悪いから学校を休むと、そういって手児奈は学校を休みはじめた。
それほど体調が悪そうには見えなかったけれど、私は手児奈が心配だったから学校を休ませた。
1日、2日が経ち、1週間、2週間と経ち、気づけば半年が経過していた。
手児奈が何を考えているのか、私には分からなかった。
「高校はどうするの?」
と私が手児奈に聞いた時、手児奈は「いかない」と言った。
私は手児奈の将来が心配だったから、せめて高校くらいは卒業しておいたほうがいいと説得した。
手児奈は、通信制ならばということで納得した。
それから手児奈は通信制の高校に入学したが、意欲的に勉強はしなかった。
手児奈は決して地頭の悪い子ではない。
むしろ、小学生までクラスでトップの成績だった。
なにが手児奈を変えたのだろうか。
手児奈は時折、絵を描いた。
相変わらず絵はうまかった。
それは素人目にみても分かった。
手児奈は時折、ピアノも弾いた。
手児奈のピアノの音はとても寂しく聞こえた。
手児奈の心情を表しているかのような、そんな音色だった。
手児奈は通信制の高校を卒業してからも、特になにかをするわけではなく過ごしていた。
手児奈は時折どこかに出かけていった。
どこに行くかは私には言わなかった。
私も特に聞かなかった。
手児奈との関係を悪いものにしたくなかったからだ。
私が子宮頸がんと診断されたのは手児奈が23歳の時だ。
子宮頸がんの5年生存率は76%。
すい臓がんが8%だから、それと比較すると子宮頸がんは軽い部類のがんだと考えていた。
しかし、私の考えとは裏腹に病状はどんどん悪化していった。
手児奈が27歳の時、ついに私は寝たきりの状態となった。
そして、気づけばここにいた。
~~~
「今回も、手児奈を救うことができなかった」
『どうします?4回目のコンティニューをしますか?』
「そうね。するわ、もちろん」
『その前に、3回目を終えたプレイヤー限定の特典があります』
「特典?」
『そうです。あなたが亡くなった1年後の様子を見ることができます』
「なにそれ?私の死んだあとの1年後の手児奈がみれるってこと?」
『はい。そうです』
「みせて。早く」
『では、こちらをどうぞ』
男はモニターを私にむけた。
私の夫である達也と手児奈が何かを話している。
「それでね、お父さん。会ってもらいたい人がいるんだ。とっても素敵な人だから、お父さんにも気に入ってもらえるといいな」
会ってもらいたい人?
誰?
「もう5年くらい付き合ってって、今度結婚しようと思ってる」
結婚?
手児奈が?
「じゃあ、今度の日曜日に連れてくるから。よろしくね」
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『いかがでしたか?』
「手児奈に結婚を考えていた彼氏がいたなんて、知らなかったわ。私は母親失格ね」
『それで、いかがなさいますか?コンティニューは?』
「そうね………。手児奈のことが心配だったけど、手児奈は幸せに生きていきそうだし、いいわ。コンティニューはしない」
『そうですか。では、これで回帰は終わります。』
「これから、私はどうなるの?」
『新たに1回目の人生を送って頂きます。また、終了したときにお会いしましょう』
男は私の頭に手をかざした。
目が眩むほどの光を感じ、私は気を失った。
~~~
目を開けると白い天井が見えた。
ここは、私の病室だ。
窓からは桜の木が見える。
「あ、お母さん。大丈夫?なんかうなされてたけど」
手児奈が横に座っている。
「うん。大丈夫。なんか、変な夢みちゃって」
「そう。よかった」
「手児奈、付き合ってる人いるんでしょ?」
「え?」
「今度、連れてきなよ」
「う、うん。でも、なんでわかったの?」
「私はあなたの母親よ。そのくらいわかるわ」
「そう。そうなんだ」
「手児奈、私はいい母親だったかしら?」
「うん。とても」
「そう。なら、よかった」
桜の花びらが風に吹かれて窓に張り付いた。
そういえば、手児奈が生まれた日も、こんな風に桜の花が舞っていた。
出会いと別れを、桜はいつも運んでくる。
「手児奈、ありがとう」
そういうと手児奈はいつものように、少しだけ笑った。
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