ワサビ飯、2本勝負!(番外 日本編)
静岡県に滞在中にテレビを見ていたら、名水を訪ね歩く番組に懐かしい俳優さんが出演していた。往年のアクションスターである彼が訪ねたのは静岡県にあるワサビ田。
彼は薄緑色の瑞々しい本ワサビをおろし金で丸く円を描くようにたっぷりとおろすと、ご飯茶碗のお米の上にドサッとのっけた。それから醤油を何重にも回しかけ、お箸を持って一礼したあとグイッと口に運んだ。
一口とはいえワサビの量は半端なかったのに。当然顔をしかめながら「辛いなあ」とか「水、水、水!」と慌てるかと思いきや、少しも表情を変える事無くゆっくりと味わいながら低く、よく通る声で「美味しいですねえ」とただ一言。
なぬ? この落ち着きぶりはなんだ? 辛くないワサビでも食べたのか? いくら名優であってもまさか演技力で味覚はだませまい。辛さをそこまで推し隠せるものなのか?
本当に心から美味しさを味わっているようだった。
いや待てよ、もしや本物のワサビはそれほど辛くないんじゃ。。。?
なんせ私のワサビ歴の99.9%は某社のチューブ入りワサビときている。これではワサビについて語る資格などない。
だけどドイツでは日本人の端くれとして「Wasabi(サのところにアクセントがつく)は日本の食文化に欠かせません、学名だってズバリ、 日本語から取ったワサビア•ヤポニカ(ちなみに今は分類が変わって新学名はEutrema japonicum)なんですから」なんて私はさも通のような顔をして乗り切ってきた。
これではいかん、ワサビを考察し直そうという高邁な目標を掲げて中伊豆へと急いだ。
ワサビ飯第1ラウンド
ワサビと対峙する時は早くも旅の初日に訪れた。修善寺の旅館で出された夕食のお刺身の横についていたのは紛れもない本ワサビ。おっ!これは絶好のチャンスではないか。
ワサビの小皿を仲居さんに奪われないよう死守しながら、締めのご飯をじっと待つ。そうして出て来たのは修善寺名物黒米とやら。黒米とワサビの相性は?と逡巡しつつもまあ良かろうとジャッジして第一R開始のゴングが鳴った。
秘蔵のワサビをご飯の上に投入してから息を大きく吸っていただきまーす!パクッ
ワサビが舌先に触れた瞬間に鼻の中を激痛が襲った。でももう引き返せない。これは味わうどころじゃない。そばにあったお茶に援軍を乞うて胃の中に運ぶ。続いて激しい咳が襲う。ヤバイぞ、このコロナのご時世に誤解を招くことは避けねば。焦りながら必死で戦う5分間。早くも第1ラウンドの敗退決定!
咳き込む中、頭を走馬灯のようにかけ巡ったのはテレビで見たあの俳優の食べっぷり。どうしてあんなことが可能なのか。若くは見えても御年75歳。年を取るとあらゆる感覚が鈍くなるというから辛さを感じる味蕾が衰えてるんじゃなかろうな。
ワサビ飯第2ラウンド
翌朝、起きて早々に第2Rのゴングが鳴った。朝食のテーブルのど真ん中でおろし金にセッティングされた本ワサビがお手並み拝見と微笑んでいた。
ならばこちらも負けてはおれぬ。昨夜の負け戦は過去のもの。お人様がすり下ろしてくださって時間が経っていたから辛さが猛烈だったに違いない。今日は手づからすって心ゆくまで味わいましょうとシャドーボクシングしながら第2ラウンド開始!
丸ーくすって、炊きたての銀シャリにポチょん。それに削り節をドサッ。もうちょい攻めてのっけてみませんかというワサビからの見えないお誘いを感じるもここは手堅く勝ちにいくと決めて醤油をひとまわし。
いただきまーす!
口に入れるといきなりワサビから鼻にカウンターパンチをくらう。ガンっ、頭クラクラ。いやここで負けてはならぬ。削り節に時に舌を預けながらもワサビとお米の一体感を味わうことに精力を傾ける。でも思うように進めない。(うーん、この状況を伝えられるだけの東海林さだおさんのような筆力も表現力もない自分が恨めしい…)
そうこうしておよそ6分間ほど健闘した。でも辛さをいなしきれず暴れ馬に最後はギブアップ。結局ワサビ飯を余裕しゃくしゃくで楽しむことはできなかった。またしても敗れたり。
2戦交えてあの俳優さんがただものではないということもようく分かった。
天城わさびのゆりかごへ
ワサビ飯チャレンジに敗れはしたものの、このままでは引き下がれない。私にはワサビを考察するという一大テーマが課されているではないか。
そのためにはワサビの生い立ちに迫ろう、と決めて天城ワサビの育つ浄漣の滝におりたった。
ごうごうと流れ落ちる滝は迫力満点。そしてその脇にワサビ田があった。
ワサビの歴史や効能は説明板に譲るとして、豊かな滝をバックにさらさら流れ落ちる清水に半身浴しているワサビを見ながらドイツにいるSさんにこの風景を見せてあげたいと心から思った。
Sさんから5年くらい前、鉢植えのワサビを見せられてどうやって育てるのか聞かれてうまく答えることができなかった。鉢に閉じ込められたワサビはどうもしっくりこなかったせいもある。
きっと冷涼な場所ならば地植えでも育つのだろう。でもこの光景を見た瞬間、豊かで清い水こそがワサビのあの突き抜けるようなひんやりした辛さを生み出してくれるのだと確信した。
そしていくら人の手で栽培されているといっても数年間、深山幽谷の環境で育てられるワサビにはその自然の強さが宿っている。生っちょろい私ごときの人間にはたちうちできないのも当たり前だ。
ワサビには時に荒々しく、でも豊かな日本の自然が凝縮されているー。そうしみじみと思いながら滝を後にした。
最後に謎明かし
それでワサビと対等に渡りあった俳優って誰よ?と聞かれると思うので最後に謎明かし。番組名にも出ているのでタイトルを教えちゃおう。
「藤岡弘、の湧き水探訪」(NHK静岡)
若い人のために言っておくがさわやかイケメン、ディーン•フジオカではない。ソロキャンプのヒロシでもない。骨も眉毛も心も太い昭和のSAMURAI、初代仮面ライダーだ。
怪物相手に戦っていたんだから、そもそもただものではなかった。
静岡の皆さん、ワサビ大使のポジションが空いてればぜひ、 藤岡弘氏をよろしくお願いします。
いただいたサポートは旅の資金にさせていただきます。よろしくお願いします。😊