旅の途中で...(9ユーロチケットってヤツは)
6月から3ヶ月間、ドイツ全土の近郊路線と都市交通機関を一律月額9ユーロで利用できるようになった。それを機に月初の週末にミュンヘンーニュルンベルク行きの列車に乗ることにした。普通に買えば20ユーロなのだからなんともありがたい!
10時52分発を目指して10時すぎに中央駅に着くとプラットホームはすでにかなりの混みぐあい。民族衣装を着てお祭りに向かおうとする若者カップル、ベビーカーの親子連れ、リュックサックを背負った旅行者などなど。。その光景を見て比較的混まなそうな先頭車両が止まる方へと移動した。
9ユーロチケットはドイツ政府が打ち出したインフレ対策の目玉の一つで車を利用しない通勤客の負担軽減と、車から公共交通機関へ乗り換えてもらいたいというふれこみでスタートした。発売開始から大人気というのがニュースで流れていたし、バイエルン州の学校休暇がちょうど始まったこととニュルンベルク行きは普段から人気路線という諸要素を併せてきっと利用する人が多いだろうなあと思ってはいたものの、その予想をはるかに上回る混雑ぶり。
ラッシュアワーの山手線に乗るイメトレをして、入ってきた列車のドアが運良く近くにとまったのを幸いに(日本と違って乗降ドアの位置は宝くじのように最後まで分かりません)、ささっと乗り込んで席をゲットしました。
「ああ、良かった。私の日頃の行いがよかったのですね」。 と感謝したのもつかのま、後から人が入ってくるわくるわ。。。席は残らずすっかり埋まって通路に立ったり、座りこむ人たちが出てきた。
そして発車10分前に運転士さんからのアナウンス。
「このままでは重量オーバーで発車できません。通路や階段にいる方は降りてください。ご協力お願いします」。頭をよぎったのはその前日にガルミッシュ・バルテンキルヒェンで起きた列車脱線事故。事故原因ははっきりしていないけれど「乗り過ぎだったのかもしれない。やばい。立ってる人、降りてお願い」と祈る気持ちで周りを見渡しても誰も降りる気配はなし。それどころかますます人が乗り込んでくる有様。
運転士さんのアナウンスがひたすら繰り返される。「このままでは避難路が確保できないので発車できません。警察が通路や階段にいる人を排除しますのでその前に降りてください」。優しかった口調がだんだんトゲトゲしたものに変わっている。
なぜ運転士さんだけがこんなにカリカリしなきゃいけないのだ、駅員さんとか、検札の係りの人がもっとこういう時には対応するべきなんじゃないの、と気の毒になってくる。
そうしているうちに運転席から運転士さんが飛び出してきた。あまりにイライラしているせいか頭まで真っ赤っか。2階席に通じる階段に座っていた人に毒づいている。「そんなところに隠れたって無駄だ。警察がくるぞ」。
定年間近とお見受けするこの運転士さんは温厚そうな顔つきをしている。ええ、ええ分かりますとも。本当ならばいい職業人生だったとしみじみしながら残り少ない運転を味わって、来る定年人生を楽しみにしていたかもしれないのに最後になってこんなストレスを与えられるなんて。。。実直な運転士さんをこんな目に合わせた9ユーロチケットが憎い・・・(つい勝手なストーリーを仕立て上げてしまう自分)。
その間にも車内にはキンコン、キンコンという気になる警告音が響き渡っている。でもだあれも降りない。挙げ句の果てには折りたたみ自転車を持ったおじいさんまで乗り込んできてしまった。どうしてこんな混んでいる列車に自転車を持ち込もうなんて無茶をするんだ・・・運転士さんに代わって怒りのまなざしを向けてやる。
席を確保した私はもちろん降りる気はない。でももし自分が立っていたら、私の目の前に立っている人たちのように素知らぬ顔で立ち続けていられるだろうか。そして誰もこの状況に文句を言う人もいない。果たして日本だったらどうなっていたか。。。日独の社会文化の比較までさせてしまう9ユーロチケットはものすごい。
この9ユーロチケット、急ごしらえのせいでブラックホールな部分が実はある。例えば私は年間予約制度でミュンヘン市内の公共交通機関の定期を買っていて一年分の定期を事前にもっいる。それがそのまま9ユーロチケットの代わりとして通用するということになっているのだが、この定期、他の人が使ってもOKなので私の名はどこにも書かれていない。つまりこの定期を別の人に貸したってちょっとやそっとでは誰も分からないのだ。ドイツ鉄道、大損じゃないの?と思うけど、誰もそんなことは気にしてないみたい。
発車予定時刻20分を過ぎて、パラパラと降りる人が出始めた。その様子を見ながら公平性を期すためには立っている人みんなを降ろすべきじゃ。。。とか考えていたらなんの予告もなしに、ドアが閉まっていきなり列車が出発した。
え、降りた人が損をしたという結末でいいの?あくまで考え方が日本な私。そして止まる駅ごとにまたまたお客さんが乗り込んでくる。いいのか、ドイツ鉄道。
ま、この状況も無理もない。旅行好きのドイツ人が2年半という長きに渡って旅を控えさせられていたのだ。そこに9ユーロッチケットなんてものを出されたら、それは飢えたライオンの檻にハイエナを投げ込んだようなもの、カラカラにノドが乾いた砂漠の民に水をあげれば一気飲みするのと同じでしょうよ。それに加えてドイツ外から来た人たちだって9ユーロチケットに飛びつくのだから行楽シーズンまっただ中の列車が満杯になるもの当たり前。
車内でタバコを吸った人がいたようで火災報知器まで鳴る事態になった。「列車には火災報知器がごまんとあるんだ。消防がくる事態になったらここで旅は終わるからな」と捨てぜりふのごとき運転士さんのアナウンス。ストレスの針はすでに振り切れたとみた。
安全運転だけはお願いしますね、とつぶやいているうちに30分遅れで列車は無事に目的地ニュルンベルク駅に到着した。列車はまたミュンヘン行きに変わるのだが、プラットホームにはこれまた人、人、人。またまた同じことが繰り返されるのかと思いつつ列車を降りた。
この旅の後も何度か9ユーロチケットを利用して長距離も乗りましたが、いまのところ検札にあったことは今まで一度もありません。(みな休んでいるのでしょうか?)それをいいことに車内でマスクを外す人もたくさんいて挙げ句の果てはビールを飲んで騒ぐ人たちまでいる始末。乗客のテンションが上がってトラブルも多いと聞きます。ギチギチの列車に揺られながら9ユーロチケットってヤツは、とボヤキつつ、次の週末にはどこに行こうかなと考える2022年6月です。
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