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ハーブタバコをくゆらせる


カチッ。ライター代わりのチャッカマンの火がついた。さあいよいよ念願の時。細く巻かれたハーブタバコの先端に火をつけた。

ここで時計の針を8ヶ月ほど前に巻き戻そう。

〇 8ヶ月前(2022年12月下旬)

昨年12月の下旬、私は資格取得のための受験勉強のまっただ中にいた。年末年始は受験生のふんばりどころ、と自分に言い聞かせ。きっちり2週間、ドイツで勉強しながら年越しすることに決めた。

勉強すること自体は抵抗はなかった。が、腹立たしいのは本来ならばそれこそ勉学にいそしむべき我が家の15歳の息子がダラダラと過ごしていたこと。いつも落第すれすれの成績のくせになんで何もしようとせんのか。。。イライラ。そのうえ「Netflixみようよ」なんて悪魔の囁きを仕掛けてくると来た。

「受験生は冬休みが勝負なんだよ。君も勉強したまえ」と最初こそは必死に抵抗したものの、いやまてよちょっとくらいは息抜きが必要かも、日本に行かずにがんばってるんだからお互いに、とかなんとか言い訳を見つけてといそいそとクリスマスから1カ月ネトフリ契約してしまった。

そして15歳男子のご推薦にしたがって見てたらまんまとはまっちゃいましたよ、英国ドラマ「ピーキー・ブラインダース」。

Copylight: NetFlix

1890年代から20世紀初頭にかけてバーミンガムを拠点に実在したギャング一味をモデルにしたシェルビー一族が他のギャングとの抗争を繰り広げ、成り上がっていく姿を描いた物語は冷酷非情。自分たちの利益のためならどんな手段も人殺しだって厭わない。観ていると辛くなる展開もある。けれどもそれでも見続けてしまったのはひとえに主人公トマス・シェルビーを演じたキリアン・マーフィーの目ヂカラゆえ。あの相手を射抜くような目で見つめられたら「やっぱ奴を消すしかないですよね」なんて気持ちにさせられてしまうからもう不思議。

そんでもってこのドラマではやたらめったらタバコを吸うシーンが目に付く。それも男女問わずスパスパ、スパスパ。子供もスパ。英国国営放送BBCの制作だけれど、喫煙ご法度の現代によくぞここまでタバコ満載のドラマが作られたもんだと感心するくらい。

それになんて気持ちよさそうに吸うんだろうと思ってインターネットでググってみたらトマス・シェルビーならぬキリアン・マーフィーがインタビューで「ギャングというストレスのたまる稼業を表現するためにタバコのシーンが多いのです」と答えていたのだ。
それを見つけて心から叫んでいた。

その気持ちよく分かる!!我が心の友よ!

「トマス、あんたはギャングの抗争で斬った張ったで辛いかもしれないけど、あたしだってほら、受験戦争。一生懸命覚えるために、切って、貼って、絵まで描いてるわよ」

自宅の壁はこんなメモでいーっぱい

「それにねあんたも家族のことで頭を悩ませているけれどね、あたしだってほれ、息子が勉強しなくって悩んでるんだってば」

20世紀の英国ストリートギャングと21世紀の日本人のおばさん受験生に共通項が見つかることになろうとは夢にも思わなんだ。

インタビューでは、ドラマで吸った本数、なんとなんと3000本、ただし本物のタバコではなく舞台で使うハーブタバコであると明かしていた。

よし、決めた。合格の暁にはトマス・シェルビーばりにハーブタバコをプハーと吸ってこのストレスとおさらばするのだ。

早速受験勉強そっちのけで下調べに入った。既製品が売られているだろうとの目論見でインターネットを
漁ってみたら、あら、ない。

私とてヘビースモーカーになろうとは思っていない。受験という大仕事を乗り越えた暁に至福の一本さえ吸えればいいのだ。ないというのであればならば仕方がない、手作りといきましょう。

お手本とさせていただくことにしたのはこちら、英国のジュリエット・デ・バイラクリ・レヴィ女史が1980年(ドイツ語版)に出した「Besser Rauchen ohne Tabak」。↓

葉タバコ以外の素材で喫煙を楽しみましょうという指南書はずっと前に街角にある本棚に置いてあったのを見つけて持ち帰って家に放置してあったもの。
ようやく日の目をみることになった。

どれどれ。1ページめくるといきなりパイプのようなものを口にくわえた女性の写真。あれ、著者近影?と思いきや説明文に「あるジプシーの女王」とあって横の献辞には「惜しみなく教えを与えてくれた世界中のジプシーに」と書かれていた。

あとで調べて分かったのはレヴィ女史は獣医であり、アフガンハウンドのブリーダーであり、そして何よりハーブ療法の先駆者である。そのハーブの知識は数多くのジプシーやべドヴィン族との付き合いから学んだもの。本書も彼らから教えてもらったハーブが土台になっている。社会から疎まれる存在である彼らへの感謝と敬愛をこめた一言にここでまた偶然の輪がつながったような気持ちになった。

というのもドラマの設定ではシェルビー一家はジプシーの出自。どんなに力をつけようと、富を得ようとも陰ではジプシーと揶揄される。また彼らの死生観にはジプシーの文化が色濃く反映されているからだ。

ここまでつながったのあらばなんとしてもハーブタバコを吸ってやらねば、決意を固くして本を閉じた。

〇6月下旬

筆記試験を終えて、残すは口頭試験のみとなった時点で再び本を手に取り、 レシピを確認することになった。
少し気が早いけど材料確保に乗り出さねばまに合わないかも知れない。

どれどれ、セージ、エルダーフラワーの葉と花、 ホップとシロツメクサの花などなど、とある。
しまった、 エルダーフラワーの花は時期を過ぎている市販品で代用するしかあるまい。残りは近所で探して集めた材料をドライ工程に回した。

ここで断っておくと、あらハーブを使ったタバコなんて健康的じゃないと思われるかもしれないが、そうではない。(キッパリ)ニコチン成分はなくとも、ものを燃やして吸い込むという行為自体が体に悪い。ハーブだろうが何だろうが避けた方が良いらしい。

ピーキーブラインダーズ当時は「ハーブだから大丈夫」と語っていたキリアン•マーフィーも最近出演した「オッペンハイマー』のインタビューでは『どうもハーブタバコも良くないらしい。今度からはもっと健康的なライフスタイルの役柄をチョイスする」と弱音を吐いていたのでくれぐれもご注意を。

〇8月18日

7月下旬に資格試験に合格して、ようやくはれてハーブタバコを吸う権利を手に入れた。

まちにまったこの時。カラカラに乾燥した材料を細かく刻む。セージの香りがブーンと漂う。本にはそれぞれの分量も書いてあったけどそこは完全無視。材料も多少簡略化した。おおらかにいこうではないか。

愛煙家の同僚から借りてきた手巻きタバコを作るボックスにフィルターを置いて、横にふんわりとミックスしたハーブを詰める。ペーパーののりしろを舐めてふたの裏側に抑えつつ、ぎゅっと蓋を閉めたら、はい!マイハーブタバコの出来上がり!あらなかなかいい出来ではないの。さあ、いよいよベランダに出て吸うのだ。

吸って煙を吐き出す練習を繰り返すこと2、3回目でようやく成功。ハッキリ言ってこれは美味しいといえる代物ではない!口の中に残る強烈な苦み。マズイとは聞いていたがマジまずい。ただ。空気を漂う白い煙が自分の解放感を象徴してくれているみたいでいとおしい。

そうなんだよ、この8ヶ月、休暇の時も週末も、どこへもほとんどどこへも遊びに行かず机にへばりついて頑張ったのだもの。

このハーブタバコのレシピ名は英語で放浪者を意味する「ワンダラー」。これからは思いのままにどこへでも煙のようにさすらってもいいんだなあ。土と深くつながる庭師とはまるで対極的な存在だけどこれからは気持ちだけは常に自由で気ままにさまよってもいいのだ。これが13ヶ月間頑張ったごほうびだ。

ここが私のバーミンガム。自分との戦いでした。

注: ジプシーという言葉は差別用語として放送禁止にもなっていますが、「さまよえる自由な民」という意味であえてこの文章ではジプシーという言葉を使わせてもらいました。他意はありません。

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