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母方の祖父を思い出す。

母の実家は綿問屋を経営しており遊びに
行った際の夕飯などはいつも祖父と父が仕事の話しをビールを交わしながら笑って話してた
横顔が懐かしい。
「なめてみるか?」と祖父にビールを注がれたコップを渡され少し大人になったような気で
嗅いだことのない泡からしてビール臭を
感じながら舌先でペロっと舐め、
苦虫をかみつぶしたような顔でコップを返し
皆が笑っていたのを訳もわからず一緒に笑った。

いつも遊びに行くと「元気かね?」と
声をかけてくれ、私が初孫ということもあったのか優しく寡黙だがそこには何故か安心感がある人で
「たくさん食べて運動して大きくなれよ!」と言ってくれたりまだ子供で詳しくは分からない私にも分かりやすく仕事の話しや
「皆に可愛がられるのがいい」とある種、
対人関係のあり方のような話も大人のように
対等に話してくれてたのが妙に嬉しく感じていた。

煙草が好きで決まって火をつけては3、4服
吸っては消してしまう感じで大きな灰皿には、
いつも長い吸殻が何本もあった。

私が幼少のある時、「どうしておじいちゃんは長くてまだ吸えるのにやめちゃうの?」って
聞いたことがあり横にいた祖母が
「おじいちゃんは最初がおいしいらしいよ。」と笑いながら答え僕たちへのお菓子や飲み物をとりに行ってしまい私が「そうなの?」って
聞き返すと笑ってTVのチャンネルをかえ相撲を観戦しだし答えは分からずじまいだったのを
覚えている。

ある夏の日のこと祖父の家に泊まることとなり
夕飯を食べながら、どうしてそういう話題になったのかは今となっては定かではないが祖父に
風呂屋に行ったことがあるかと聞かれ
「あまりないよ。」と答えたら
連れて行ってもらうことになり
早くお風呂の時間になればいいなと
少し緊張感もありつつもその時を楽しみに
待っていた。

今思うと祖父の家にも風呂はあっていつも
はいってはいたが遊びに来た私への気遣いも
あったのかも知れなかった。

いよいよ一緒に風呂屋に行く時間になり祖父がはぐれないようにと私の手を握り二人で歩きだした。

祖父の家が繁華街にあったのもあるのだろうが大きな手にひかれながら車も人どおりも
まだまだ多い時間帯だったのだろう
まわりは車や人の行き来でまるで花火大会の
帰りのように混雑しうるさかったのを
記憶している。

車が数珠つながりにノロノロと時には
クラクションを鳴らし、人もその隙間を縫うように歩るかざるおえない状況で歩道と車道の境もはっきりしない通りを歩いているとタクシーがゆっくりではあるが私たちの方に寄ってきて少し追いやられる感じになった時、祖父が私をタクシーから手を引いて遠ざけたかと思うとタクシーの運転手に向かって
「子供もいるんだ!危ないじゃないか!」と叫んだ。

少しの怖さもあったが運転手は車の中から
開いた窓越しに詫びる感じもなく捨てゼリフをはいて行ってしまった。

祖父が顔を向け「大丈夫か?」と興奮さめやらず私の手を引いて風呂屋に向かって歩く背中を見ながら躊躇せず多くの人前で相手をかえりみず私を守るために怒った姿にその時はよく分からずも嬉しさと頼もしさと何かに包まれた感じが祖父の手を強く握り返していた。

この時のことが私の考え方に大きな影響を与えたひとつの出来事で私をつくってるひとつだったことを父や母に話したのはその後、
ずっとあとのこととなる。

その話しを聞きながら嬉しそうに祖父の遺影を見ながら微笑んでいた母の姿は忘れられない。

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