書評─現代建築家コンセプト・シリーズII-1『秋吉浩気|メタアーキテクト───次世代のための建築』

書評_031
M2 佐野虎太郎

書籍情報
発行日 2022年3月1日
著 者 秋吉浩気
発行所 株式会社スペルプラーツ

本書は、「建築の民主化」を目標に掲げ、デジタルテクノロジーによって建築産業の変革を目指すVUILD株式会社のCEO、秋吉浩気氏の単著である。氏は本書において建築やものづくりを、現在大きく変化する〈社会〉〈産業〉〈経済〉〈流通〉〈職能〉〈設計〉の6つの基底から捉えなおし、新たな価値観の提示を試みる。

また、『現代建築家コンセプト・シリーズ』は、建築、デザイン、プロダクト、ランドスケープなどのテーマについて、現代の作家をひとり1冊のスタイルで紹介する書籍シリーズ。LIXIL出版が出版していたものを、スペルプラーツ出版(splpls press)が第2期として再始動したものであり、本書は2008年のシリーズ刊行開始から通算30冊目にあたる。

著者は、1988年生まれの建築家/メタアーキテクト、VUILD株式会社代表取締役CEOである。2013年芝浦工業大学工学部建築学科を卒業後、2015年慶應義塾大学大学院政策メディア研究科X-Design領域修了、2017年にVUILD株式会社(以下:VUILD)を創業した。代表作には、VUILDが持つ現代のデジタル技術で地域の伝統構法である合掌造りをアップデートすることを試みた建築物《まれびとの家》(2018)、日本初のクラウドプレカットシステム「EMARF」、デジタル家づくりプラットフォーム「Nesting」などがある。

本書は6つの章によって構成されている。また本書の大きな特徴として、著者のもつメタとベタ、起業家と作家、構想と実装といった両義性を1冊の中に共存させる狙いで、右ページでテキストが進行し、左ページでは小規模から大規模の順にプロジェクトが掲載されるという構成になっている。

第1章『変わる社会』では、10%の富裕層のための設計活動をし、そこで得た10%の設計料を元手に実現したい社会像のビジョンを提示し、要件定義で満足するという従来型の「10%のための」建築家像を批判し、建築家であることと同時に起業家でもあることで、求める社会をインクリメンタルに実装し、「90%の人々のために」設計を行うことができると宣言する。

第2章『変わる産業』では、建築がこれまで前提としてきた拡大成長型の「プレファブリケーション」が、新しい製造技法である循環持続型の「デジタルファブリケーション」に代わることで以下の7つの破壊的イノベーションが起きるとまとめる。

1. 中央集権から自律分散へ変化し、権威が消滅する
2. 苦役から歓喜へ変化し、労働が消滅する
3. 大量生産から適量生産へ変化し、規格が消滅する
4. ジャストインケースからジャストインタイムへ変化し、余剰が消滅する
5. オフサイトからオンサイトへ変化し、物流が消滅する
6. 購買から生成へと変化し、消費が消滅する
7. 拡大から循環へと変化し、競争が消滅する

そして、ものづくりへの民主化の系譜をまとめ、ハードウェアの分散化以降にVUILDが目標とする問題系とその対応を3つに整理する。

1つ目は、デジタルファブリケーションを使いこなす「表現者」不足という問題。これに対しVUILDは、デジタルファブリケーションをプロのデザイナーが使いこなし、至高の作品を楽しんで作るライフスタイルを発信することで解決できる、とする。

2つ目は、ノンデザイナーは「設計」ができないという問題。これに対してVUILDは構想を得意とするプロのデザイナーが設計支援を行うことで解決できる、とする。

3つ目は、ツールの習得が困難だという問題。これにはソフトウェアを実装しフォーマット化によってハードルを下げることで解決できる、とする。

そしてVUILDでは1つ目の解としてVUILD Architects、2つ目の解としてNesting、3つ目の解としてEMARFを位置付ける。

第3章『変わる経済』では、加速主義脱成長論のオルタナティブとして、自分自身で信用した仲間と共に貨幣をつくり、貨幣の利用を通じて関係性を再強化するという贈与経済のありかたを提唱し、集団で作り集団で住む家として「Nesting」システムの応用可能性を提案する。

第4章『変わる流通』では、設計過程に他者の介入を拒む従来型の建築家を「強い建築家」、それに対し問題や悩み、失敗を設計者間のみならず施主や施工者を含む複数のステークホルダーと共有し、助けを求めながらプロトタイプを繰り返すVUILDの姿勢を「弱い建築家」と定義し、デジタル技術を前提としたの相互扶助のかたちを考える。

第5章『変わる職能』では、日本の従来の大工の職能を分析し、素材調達から施工管理までを一括して行う「マスタービルダー的職能」と寸尺などの規格体系を策定する「メタデザイナー的職能」の2つに整理する。そこで、VUILDが目指す「メタアーキテクト」という建築家像はその両方を架橋し、「風土にあったテンプレートを用意し、さらにそれを生活者の手によって構築できる」ようにする、「やわらかく、匿名的で可変的」な設計者である、と定義する。

第6章『変わる設計』では、ガントチャート型で手続き式に開発を進めるウォーターフォール型と比較し、コンピュテーショナルな設計手法によって可能になる反復的でアジャイルな設計プロセスを「超反復設計プロセス論」と呼び、即興的に、インタラクティブに関係者を巻き込んでいく新しい設計姿勢を模索する。

本書評の筆者は、特に2章のVUILDが目指すハードウェア分散化以降の民主化への道筋に着目した。2章では従来の「スターアーキテクト」像を破壊するために、スタートアップとして「建築の民主化」を実装するにあたって①VUILDがマスターピースを制作しノンデザイナーをモチベートする②ローカルな作り手を協業する③ウェブを持ちいてノンデザイナーの設計方法を設計する、という3つの解決策が示された。
EMARFなどの実践にとって、ノンデザイナーの創造性は重要なものである。
しかし氏が2章で触れているようにノンデザイナーはデザイナーのような創造性を発揮できるためではないため、設計支援が必要であろう。
他方で全てのユーザーに対して教育やワークショップを提供できるわけではない。この問題に対してはVUILDや私が目指すパーソナルファブリケーションがなぜいまだ普及していないかというクリティカルな問題を批評的に考えることが重要である。

筆者は慶應義塾大学SFC松川昌平研究室で修士課程に籍を置きつつ、コンピュテーショナルデザインやバイオテクノロジーを前提として、領域横断的で思索的なファッションの研究開発を行うSynflux株式会社を2019年に創業した。Synfluxでは布帛を用いた衣服製造時に発生する廃棄をゼロに近づけるためのパターン生成・ネスティングシステム「Algorithmic Couture」を開発し、これを応用した量産に向けて開発を継続している。このシステムをさまざまな衣服に浸透させるために、VUILDと同様

  1. Synflux独自でシステムを応用したプロトタイプをつくる

  2. 個別のファッションデザイナーと協働してシステムを応用して生産する

  3. ウェブを用いて、ユーザーがカスタマイズを通じて設計に参加するシステムを設計する

そしてもう1軸、

4. 数十万着単位の大量生産を行うブランドと協業してシステムをより透明で浸透したものにする

ことを目指している。

VUILDが提案する新しいデザインプロセスやビジネスモデルは建築産業全体の方法論や工法を包括的に変容させる可能性を秘めている。SynfluxのAlgorithmic Coutureは、型紙というファッションデザインの共通言語となっているメディアのありかたそのものを問い直す実践として、広く流通する一般着を製造するメーカーやブランドとの協働を前提として開発されてきた。VUILDも今後はノンデザイナーへの設計支援や作品制作にとどまらず、より大規模な事業者との協同を見据えていると推測できるが、現状でどのような課題やビジョンがあるかについては今後の展望としてぜひ本人と議論させていただきたい。


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