見出し画像

違いと間違いはちがいます

1015文字

違い・・・違うこと。異なること。「趣味の違い」「実力の違い」など

間違い・・・正しくない行為や結果、真実と違うこと。誤り。しくじり。過失。


言葉を受け取る側の印象として、『違ってる』と『間違ってる』は、ほぼ同じ響きとして感じます。

気をつけて話さないと、伝わりづらいし誤解が生まれます。

「違い」の対義語はたぶん「同じ」とか「類似」

「間違い」の対義語は「正解」とか「正しい」


なので、正解がわかっているものに対して、これは「間違ってる」と言わなければいけないし、もし答えが(一つじゃ)ないものや正解がわからないものだったら「違ってる」という表現を使わなくちゃいけない。

ややこしいですが、

例えば、数学の問題(答えが決まっている)に対しては、「間違い」か「正解」で判別ができます。

ですが、道徳の問題(答えが1つじゃない、明確な正解がない)の場合は、自分が持っている価値観の基準によって、全く異なった答えが出てくる場合があるし、「間違い」というのは存在しません。

それを「間違ってる!」といって、自分の答えだけが「正しい」と思い込んで、人に押し付けてしまうのは、非常に危ない行為だと思う。

特に、人間は一人だけで生活を完結するわけではないので、他者とのかかわりを持つうえで、この「違い」に対して受容する考え方を持っていなくてはいけない。

特に今は、先がわからない中、偏った見方や考え方ばかりをしてしまうのは良くないなと思います。なので、よく自分はこういう意見に反感を買ってしまうなあ、とかこういう積極的(あるいは消極的)な意見は好きではないなあとか、自分が普段どんな考え方をしていて、どう偏っているのかを知っておくのはけっこう大事だなあと思います。

そうすれば、自分と違った意見が出た時に「違い」や「ズレ」を受け入れやすくなれるのではないかと思います。


最近は「多様性」や「ダイバーシティ」という言葉を特に多く聞くようになりました。

この「多様性」こそが、先が見えない時代に突入したこの世界において、とても重要になってくるのではないかと思います。

柔軟に変化に対応していくには、同じ考え方の人ばかりいても対応ができません。いろんな考え方を持ち、様々な角度から物事を捉えられる人がたくさんいたほうがいい。

それを許容できる職場や学校での環境があるといいと思います。

スポーツの時に絶対に水を飲むな、と言われて育った私から共有いたします。

#今やったら死ぬぞ






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?