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もし他称TERFが【トランスジェンダーと陰謀論①】を読んだら

依田花蓮さんが

不安を感じている女性の皆さん♡
かなり長いのですが、ぜひ、こちらの論考をお読み頂けたらと思います。

依田花蓮さんのツイートより

と、シネマンドレイクさんのブログを紹介していたので、読んでみたら思うところが色々あり、この記事にしてみた。

今回は、シネマンドレイクさんのブログ【トランスジェンダーと陰謀論①】を、TERFと呼ばれることのあるわたしが読んだ感想というかツッコミ記事です。

元のブログの文章量が膨大なので(たぶん2万字は余裕で越えてそう)、怯みそうになったけど、『布団の中から蜂起せよ』と『反トランス差別ZINE』にツッコめたわたしならできるはずだ! I can do it!!!
と自分を奮い立たせた。

この記事では
・目次は見出しと合わせてどこから引用したのか照らし合わせやすいようにシネマンドレイクさんのブログと同じにする。
・引用(太字部分もシネマンドレイクさんのブログにあるとおりにそのまま引用)し、その直後にわたしの意見や考えやツッコミを述べる。
・出典が省略されているのはすべてシネマンドレイクさんのブログからの引用。
という形式にします。

みなさん、心の中の成歩堂くんと訝しプーさんはスタンバイできましたか???
では、張り切っていきましょう~~~!!


こうして混沌した状況にここぞとばかりに狙ってくるのが陰謀論です。

自分らに都合が悪い意見を全て陰謀論にするのやめてもろて……
あとなんか「宗教右派」とも時々いわれますが、マジレスするとわたしは無宗教です。
てか「宗教右派」の「宗教」ってどんな宗教のことを言ってるんだ?

1.トランスジェンダリズムが陰謀論になるまで

1.基本の知識:「ジェンダー」とは?

私たちはたいてい生まれたときに「性別(sex)」を割り当てられます。これは外性器で区分けされ、ぞんざいに言ってしまえば「“ちんちん”がついているか」で判断しているだけのものです。これは単にわかりやすいからそうする…社会・文化的慣習というだけの話です。

性別の違いはㄘんㄘんの有無だけじゃないだろ……?
なんでこんなにペニス中心主義なん?

(注:シネマンドレイクさんの人称は不明であり、この画像の「彼」はシネマンドレイクさんのことを指しているつもりではないですからね!)

性別は出生時に割り当てられるものではなく、受精時に決定されるんでしょ?
生物の教科書を読んだほうが良いのでは?

2.基本の知識:「ジェンダー・アイデンティティ」とは?

出生時に割り当てられた性別も、ジェンダー・ロールとして社会が押し付ける性別らしさも、全てが自分ではなく他者や社会が決めたものです。そこに主体的なアイデンティティは存在しません。

×出生時に割り当てられた性別→○身体の性別
これは選べないので主体的なアイデンティティが存在しないというのは分かる。しかし、ジェンダーロールは誰か他者や社会に決められるものというよりは、どんどんなくしていくべきなのでは?
なぜ従う必要があるのでしょう?

「ジェンダー・アイデンティティ」は自称ではありません。医学的に診断されるものでもないです。「心の性別」と表現されることもありますが、それも誤りです。ひとりの人間を構成する多くのアイデンティティのうちのひとつです。

ジェンダーアイデンティティは「自称でもない」し、「医学的に診断されるものでもない」。
……どういうこと???
客観的な基準が存在しない主観ということ??
「自称」「自認」「思い込み」「主観」の違いを教えて欲しい。

多くの人は出生時に割り当てられた性別と「ジェンダー・アイデンティティ」が一致します。なのであまりジェンダー・アイデンティティを意識することはありません。

「トランス」じゃないからって、勝手に「一致する」って決めつけないでください🙄ミスジェンダリング反対😤
女性に対して「シス」という場合、「シス特権」をわきまえろという文脈で発せられることがあまりにも多いので、わたしは「シス」と呼ばれたくない。
特にアライの男性(ノンバイナリー含む)が、女性に対して「シス女性」というのは、自らの「男性」というポジショナリティを無視していると思う。

「出生時に割り当てられた性別が“女”だったし、今も“女”だと思っているけど、スカートなんて絶対に着ない」…こういう在り方もOKで、これはジェンダー・エクスプレッション(性表現)と呼んだりします。

好きな服装をしても白い目で見られない社会が望ましいというのはわかるけど、服装などの表現とジェンダーを紐づけることでジェンダーロールの固定化・再生産をしているんじゃないですか?

「出生時に割り当てられた性別が“男”だったけど、違和感をずっと感じていて、あれこれ模索しているうちに世間一般で言う“女”の特徴の方が当てはまりやすいことに気づいた」…そうであればその人の「ジェンダー・アイデンティティは女性」ということになります。

「世間一般で言う“女”の特徴」、これこそがジェンダーバイアスであって、自分が「女性とはこういうものだ」と描く女性のイメージに近いからといって「自分のジェンダーアイデンティティは女性」としてしまうと、女性に対する偏見をますます強化してしまうのでは?

私自身にはジェンダー・アイデンティティが何なのかよくわからない? それでもいいのです。無理して全てを理解する必要はありません。

ジェンダーアイデンティティがなにか分かっていない人はジェンダーアイデンティティが一致するかも理解できないのでは?
それなのに「トランス/(トランスではないのならば)シス」というように二分するのは矛盾するのでは?

3.トランスジェンダーとトランスジェンダリズム

日本にも「trans101.jp」のような初心者向けのわかりやすい解説サイトがあるので、そちらを参照するといいでしょう。

一市民さんのtrans101.jpに対するツッコミ記事『はじめての「はじめてのトランスジェンダー」』と合わせて読んで下さい。
わたしがここにつらつら書くよりもくわしく検証なさっています。

4.「危険なイデオロギー」というレトリック

「私たちはトランスジェンダーを差別はしていません。トランスジェンダリズムを問題視しているだけです。なぜなら行き過ぎた危険なイデオロギーだからです」と主張できるのです。これで自分たちは差別主義者などではなく、あくまで特定の主義の暴走を諌めているだけだと、世間にアピールできます。

「身体男性であっても“ジェンダーアイデンティティ”が女なら女であり完全に女性と同じように扱うべし そうでないならば差別」というイデオロギーのほうが、どう考えても社会に与える影響が多くて端的にいうとヤバいのでは😅 
具体的にいうと、トイレや浴場や更衣室などの女性スペース/女子スポーツ/犯罪統計/性差医療/パリテ/女性限定公募/女子大学入学などのイシューで議論すべきことが増えるということです。

トランスジェンダーの歴史に詳しい研究者の“ジュリア・セラーノ”は、この「“トランスジェンダリズム”」の故意な悪用は、トランスジェンダー差別的な言動で知られる“シーラ・ジェフリーズ”による2014年の『Gender Hurts: A Feminist Analysis of the Politics of Transgenderism』という著書などで初期の観察ができ、

ジュリア・セラーノさんの著書「ウィッピング・ガール」はサウザンブックスでクラウドファンディングが成立し、最近邦訳が出版されましたね。手に入れることがあったら読む予定です。

わたしはシーラ・ジェフリーズさんの「Gender Hurts」の邦訳も読みたいと思っているので、シーラ・ジェフリーズさんの『美とミソジニー』出版のときのようにキャンセルしないでもらえると助かります。

他にも日本では「自称にすぎない“性自認”は問題で、医者の診断である“性同一性”が望ましい」というような論調を反トランス論者が展開することがあります。言葉の意味を反トランス側に都合よく変容させて主導権を握り、トランスジェンダーを病気(精神障害)扱いに留まらせようという狙いが透けています。

「病理モデル」から「人権モデル」ってことですか?
疾患ではないのなら医師による診断のうえでの性別適合手術やホルモン剤の保険適用はできないはずですが、保険適用を要求しているトランス女性の当事者いますよね?
まさか患者の自己診断でオッケーにしろというわけじゃないですよね??

2.トランスジェンダリズムの陰謀論の解説

「得体の知れない危険が私たちの社会に迫っています!」と漠然とした不安を煽るのが主目的であり、「ではその“トランスジェンダリズム”って具体的には何なの?」と指摘されても定義できません。むしろ定義しない方がいいのです。もともと実在しないイデオロギーを敵視していれば、永遠に不安を煽れます。科学的な検証などではなく、不安を煽ったもの勝ちの世界です。

「不安を煽ったもの勝ち」というか、「トランスジェンダリズム」を社会のルールとして適応すると、女性の生存権との衝突が起きますよね?という現実的な懸念の話をず~~~っとしてるんですよ。

1.「性自認の主張さえあれば女性スペースに入り放題」?

そもそもトイレを例に挙げるなら、この男女の区分は結構誤解が多いです。現在のトイレは何を基準に男女を分けているのでしょうか。実のところ、これは曖昧です。出生時に割り当てられた性別に基づいていると思っている人も多いですが、現状は違います。あなたはトイレに入るとき、出生時に割り当てられた性別をチェックされたことはありますか? 性別の記載のある身分証明書の提示を求められたり、ボディチェックされたりしましたか? ないはずです。
実際の現行のトイレは「なんとなく風紀として問題ない空間を維持できるように」という体裁で運用されているだけで、性別確認の厳密性はありません。一種の衆人環視というか、良識に依存しています。

これはシネマンドレイクさんのユニークな考えであって、建前や暗黙のルールを変更する理由にはならない。

わたしが以前書いたnote『先進的?オールジェンダートイレ』の「見た目で判断」という曖昧な基準 という項目のところを読んでいただきたい。

わざわざリンクに飛んでもらうのも手間だと思うので一部再掲する。

女性トイレ(および女性スペース全般)は
①「身体の性別」で区分されている
という社会通念/暗黙のルールがあるうえで、それでも時々男性の不審者が侵入してくるので
②「見た目」でも警戒する
という二段階認証のようになっているのではないか?

「見た目」や「パス度」などの曖昧な基準となってしまうことで、「パス度」の自己フィードバックがうまく働いていない人まで女性トイレを利用できることになってしまい、「身体の性別」で区分されているという社会通念や暗黙のルールが崩壊してしまう。

それによって女性トイレを使う女性当事者の心理的安全が脅かされてしまうし、いったん破壊されてしまった安全への信頼はもう元には戻らない。
社会で共存していくためにも建前や暗黙のルールは守ってほしい。

トランスジェンダーの差別が禁止されて、ジェンダー・アイデンティティの尊重が重要視されても、この既存のトイレの運用に変化はありません
一方、公衆浴場は日本の場合は身体的な特徴で区分することになっています。これは裸になるという環境ゆえです。例えば、すでに「ジェンダー・アイデンティティの差別的取扱いを禁止する」条例を定めている埼玉県でも「戸籍上の男性は女湯で入浴することはできません」と説明されています。

そもそも勝手にトイレや公衆浴場の基準が決められているが、女性たちの同意が得られているのかが疑問。
女性スペースを使うのは女性当事者ですが、風呂とトイレの基準は別でいいなんて誰が決めたんですか?

「戸籍上の男性は女湯で入浴することはできません」とあるけど、スザンヌみさき氏のように問題行動を起こす性別適合手術済みで戸籍を女性に変更済みの当事者の例もある。

「女湯 タック」で検索してもらえば分かるように、男性器が付いたまま女湯に入る当事者が戦利品のように自撮りを挙げている現状をどう説明するんですか?

かつて東京大学の清水晶子教授は尾崎日菜子氏がタックして女湯に入浴したと主張したことを、それが本当か嘘かは問題ではないと前提した上で「埋没した棘」と擁護しましたよね?

では「トランスジェンダーやノンバイナリー当事者は普段はどのトイレを使っているの?」という疑問が湧くかもしれませんが、それは個人で違いますし、ケースバイケースです。自分の性別移行状況に応じて、またはいろいろな要素を複合的に考慮して、相当に気を遣って行動しています(昔も今も、そしてこれからも)。

「相当に気を遣って行動しています(昔も今も、そしてこれからも)」と言っているが、バレていなければいい/もうすでに女性スペースを使ってるんです!という問題ではないでしょう。

開き直りですか?
暗黙のルールを破っていることを、こうも悪びれもなく肯定的にいうなんて、そういわれた女性たちがどう思うか想像したことがありますか?
女性たちと共存する気、あるんですか?

居合わせた女性が事を荒立てないようにその場をうまくやり過ごしていることを、都合よく「何のトラブルもない」と解釈していませんか?

男女分離された公衆トイレをそもそも利用したがらない当事者も珍しくないです。トランスジェンダーやノンバイナリーの人々にとって男女分離される場所というのは嫌な思いをすることが多いスペースで、当事者に対して暴力が起きることもしばしばです。差別の禁止とは、そういう当事者の苦痛を和らげ、暴力などの不正を防止するためにあるものです。

「トランスジェンダーやノンバイナリーの人々にとって男女分離される場所というのは嫌な思いをすることが多いスペース」、つまり、歌舞伎町タワーにおけるジェンダーレストイレのような男女のトイレが同じ空間にある設計は、トランスジェンダーやノンバイナリーへ配慮するための設計ということでよろしいですか?
その結果として何が起こったかご存じですか?
歌舞伎町タワーのジェンダーレストイレの例を見てみましょう。

「当事者に対して暴力が起きることもしばしばです」、暴力をふるうのはほとんどが男性です。男性側の問題を、女性たちに我慢を強いることによって解決しようとするのはミソジニーだとわたしは考えている。

トイレを出生時に割り当てられた男女の2つだけで厳格に区分するということの方が、よっぽど未知のライフスタイルであり、これまでと生活が激変してしまいます。

歌舞伎町タワーのジェンダーレストイレのように、トイレを従来通りに区分せず、女性や女児が外出先で安心して使えるトイレが無くなるということは、女性や女児の行動範囲を確実に狭め、「尿道の鎖」(=排泄を我慢できる範囲でしか外出ができない)となるでしょう。
「生活が激変」するのはどっちだと思います?

2.「性犯罪者が“自分はトランスジェンダーだ”と主張すれば罪に問えない」?

性犯罪者が「自分はトランスジェンダーだ」と主張すれば罪に問えない…ということもありません。なぜなら性別やジェンダーに限らず、性犯罪行為をしたらそれはもう性犯罪だからです。性犯罪の判断は性別やジェンダーで決まりません。性犯罪目的でトイレに侵入した時点で、誰であろうとそれは性犯罪です。

「性別やジェンダーに限らず、性犯罪行為をしたらそれはもう性犯罪だから」、つまり、犯罪者かどうかは誰かが被害者という名の犠牲となって初めて分かると、そう言いたいんですか?
性犯罪の加害者のほとんどが男性で、被害者のほとんどが女性という現実を無視していて、とても無責任だと思う。
女性の人権を何だと思ってるんです?
そもそも性犯罪にあいたくないし、性犯罪にあってからでは手遅れなんですよ。

「性犯罪目的でトイレに侵入した時点で、誰であろうとそれは性犯罪です」、PSYCHO-PASSみたいなSFの世界じゃあるまいし、女性トイレに入る男性の内心を誰がどうやって判断することができるんですか?
不可能ですよね?つまり、そんな性善説のようなことを言っても実際には悪用し放題になるってことですよ。

むしろこうした「“トランスジェンダリズム”」危険主張は、実在しない仮想敵への不安を煽っているだけで、実際の“すでに存在している”犯罪構造をスルーしてしまっています。「“トランスジェンダリズム”」を敵視する風潮が増幅するほど、シスジェンダー男性犯罪者にとってスケープゴートになるので都合がいいです。

「シスジェンダー男性犯罪者」と書いてますが、トランス女性は絶対に性犯罪をおかさないという根拠は?
トランス女性(=ジェンダーアイデンティティが女性の身体男性)は、性指向が女性の場合もあるんですよ?
それとも性犯罪をおかしたトランス女性は自動的に「シスジェンダー男性犯罪者」となるというトランス絶対無罪システムなんですか?
それってミスジェンダリングになりません?

「子どもを守る」「女性を守る」という名目でトイレから特定の属性の人を排除しようとしたのは、歴史的にこれが初めてではありません。公民権運動時代は、黒人をトイレから追い出し、1970年代~1990年代には同性愛者をトイレから追い出そうとしました。

「トランス差別」と歴史的経緯がことなる他の差別とを並べるのは暴論だ。
以下に例を挙げる。

トランスの権利を擁護する人はこのようにホロコーストや関東大震災朝鮮人虐殺を持ち出すが、それが本当に例としてふさわしいのかよく考えるべきだ。
ふさわしくない例えとして挙げて持論に利用することによって、他のマイノリティ当事者を侮辱することにもなってしまうからだ。

犬は正義さんのこのような激怒はもっともなことであり、わたしも全くその通りだと思ったので、この記事でもそのまま引用させてもらった。

もちろん悪質な性被害で深刻な心理的ショックを受けた被害女性はいますし、男性に恐怖を感じるなど日常に支障をきたすことはあります。であるならば、なおさらそうした性被害でトラウマを背負った被害女性などに対して、むやみやたらに恐怖を煽るのではなく、適切な情報を提供する責任があります
(中略)
犯罪のターゲットにされやすい人たちの安心を守るのに最も大切なもののひとつは紛れもなく「正確な情報」です。

いやいやいやいや……
「正確な情報」さえあれば、性被害のトラウマがある人が女性スペースで身体男性と遭遇する恐怖を克服できるとでも?
性被害を軽視し過ぎなんじゃないですか?
なんでトランス女性が女性スペースを使えるようにするために、性被害のトラウマがある女性ばかりが我慢させられるんでしょう。

3.「女子トイレが無くなっている」?

ここは本記事のハイライトといっても過言ではないかもしれないので心して読んでほしい。

この「小便器」用のスペースを「男性トイレ」だと誤認してしまっている事例が散見されます(男性トイレだけが残って女性トイレがオールジェンダートイレに変えられたという勘違い)。本来は「小便器」用のスペースも含めて「オールジェンダートイレ」です。もちろん「小便器」は女性やノンバイナリーの人が使うことを妨げるべきではありません。

しかし、このオールジェンダートイレの基本設計が根本的に広く理解されていないためか、オールジェンダートイレを新設すると「女性トイレが消えた」と騒ぎになるケースが日本でもたびたび観察されます。中には「自治体が女性トイレを無くそうとしている」という完全に飛躍した誤情報も拡散し、各自治体がそのような事実はないと否定しないといけない事態に発展した事例もあります。

珍説キターーーーーーー!!!!
「女性(だけが使える女性専用の)トイレ」ではなく「女性(が使える洋式便器が設置してある男女共用の)トイレ」があるんだから、女性トイレは無くなっていないんです😤という言葉遊びならまだ想像できた。

けど、まさか

「小便器」用のスペースも含めて「オールジェンダートイレ」です。
もちろん「小便器」は女性やノンバイナリーの人が使うことを妨げるべきではありません。

って言いだすとは思わなかった。
洋式便器じゃなくて小便器をもちだして「小便器用のスペースも女性トイレなんです」とは斬新すぎる。
びっくりしすぎてまた引用しちゃったよ。

ていうか女性が小便器を使う(=立ちションをする)と足元がビショビショになるが???
シネマンドレイクさんのいう「小便器を使える女性やノンバイナリー」って要は「ペニスがある人」ってことですよね?
書いてるうちになんか分かってきたかも。
「(ジェンダーアイデンティティが)女性(の身体男性)も小便器を使えるのだから、小便器トイレもオールジェンダートイレであり、女性用トイレは無くなっていない」ということを言いたいのかな……!?!?

…………いやいや、詭弁というかエクストリーム理論では?????
小便器を使える女性がどのくらい存在する?
小便器を使える「女性」は「(ペニスがあって、ジェンダーアイデンティティが)女性(の身体男性)」や、「ノンバイナリーの身体男性」(←ノンバイナリーなのでそもそも「女性」ではない)だけですよね?
実質「小便器=男性用」で運用されてるじゃん。

トイレって 身 体 が 排 泄 す る 場所なんだから、アイデンティティは関係ない。アイデンティティがどうであれ身体女性は立ったまま排尿できるようにはならないんだよ。
なんでこんな屁理屈を持ち出してまで擁護するのか本当にわからない。
ジェンダーとセックスを混同すな。

中には「自治体が女性トイレを無くそうとしている」という完全に飛躍した誤情報も拡散し

渋谷区の事例において、前渋谷区議会議員の吉田かよこさんは「2018年長谷部区長が男女共用を渋谷スタンダードにという方針を発表し女性専用トイレを減らしてきた」と言っている。

何度もいうが、女性たちが求めているのは「(ジェンダーアイデンティティが)女性(の身体男性)が使える小便器」でもなければ、「女性(が使える洋式便器が設置してある男女共用の)トイレ」でもない。
「女性(専用の)トイレ」だ。

この「女性用トイレが無くなっている」というモラルパニック

渋谷区の例や歌舞伎町タワーにおけるジェンダーレストイレのように女性 専 用 トイレが無くなっていることに対する懸念は、決してモラルパニックではない。
このように女性たちの不安や懸念を「モラルパニック」というのは矮小化であり、かつて女性たちを「ヒステリー」と呼んでいたのと何が違うのだろう。

生理(月経)について言及する際には「女性」を使わずに「生理のある人」という表現を用いるのは、業界では一般的です。

「生理のある人」という表現は、トランスジェンダー業界では一般的であっても医療業界では一般的ではないだろう。「生理の有無」自体が身体のプライバシーであり、そう表現することが患者の心情に配慮できていない。

例えば、生理を専門とするデジタルプラットフォームの「Vulvani」では、「“生理のある人”という用語は“女性”という用語に取って代わるものではありません」「トランスジェンダーやノンバイナリーの人でも生理を経験するかたもいます」「閉経、ストレス、子宮摘出などの理由で全てのシスジェンダー女性が生理を経験するわけではありません」「“女性”は女性であり、自分自身を女性と定義する人々のグループです。“生理・月経中の人”はさらに大きなグループです」と解説しています。

なんかもっともらしく理屈を並べてますけど、「生理のある人」という名称は本当に包括的(インクルーシブ)だと思います???
「生理があった人」「本来ならば生理が来てもおかしくない年齢なのに生理がない人」「生理周期が不規則で生理があまりない人」「妊娠中ゆえに生理がない人」「生理じゃなくて不正出血がある人」まで細分化するんですか?
(そもそも、患者側がどうやって生理と不正出血の区別をつけるのだろう)

「女性」と呼ばれるのを嫌がる、ジェンダーアイデンティティが女性ではない人やノンバイナリーの人に配慮しているつもりなのかもしれない。
しかし、だからといって、その他大勢の女性たちが取りこぼされ、受診の機会を逃し、医療的な不利益を受けかねないような紛らわしい名称を用いるべきではない。

トランスジェンダーの権利は女性の権利と対立するものではありません。ましてや女性を抹消したりはしません。

トイレの話題に限っていえば、「(ジェンダーアイデンティティが)女性(の身体男性)は小便器も使えるので女性トイレは無くなっていない」という屁理屈で、トランスジェンダーの権利を擁護して、女性たちの求める女性 専 用 トイレが無くなっていることを無視するのは「女性の権利との対立」ではないんですか?

また、女性の定義が「ジェンダーアイデンティティが女性の身体男性」にまで拡大されてしまうと、女性差別の構造や実態が不可視にされてしまうだろう。
つまり「女性の抹消」だ。
医学部受験で減点された属性、従軍慰安婦にされていた属性、纏足されていた属性、東アジア圏で超音波検査で性別が判明して堕胎されてきた属性の共通点、それは、ジェンダーアイデンティティが一切関係ない「女性」という集団だ。

フェミニスト作家の”ジェシカ・ヴァレンティ”は「全ての女性スペースがパターナリズムに陥っているわけではありませんが、女性スペースで女性を”保護する”ことはときに温情主義的なレトリックで表現されることが多い」と指摘しています。

「パターナリズム」を持ち出せば、そのレッテルを疑うことなく問答無用で反対するものだと思っているんでしょうか。
いくら女は弱くないといっても、男性よりも筋力が劣るのは確かで、性被害に遭うのもほとんどが女性だ。
だからといって女性が劣ってるわけじゃないし、女性が性被害を受けないために必要な女性スペースのことを「温情主義的なレトリックで表現される」というのは、マッチョイズムなのではないか。

繰り返しますが、この世界の全てが女性の安全なスペースであるべきです。

なんだか良い話風にまとめてるが、女性が安全でなくなるのは男性が加害してくるからだ。性善説や「正確な情報」(←?)で女性の恐怖心を押さえつけることでは、決して解決できない。

4.「オールジェンダートイレは犯罪が起きやすく危険」?

オールジェンダートイレを設置する際に、安全性、とくに子どもや女性の安全性(主に性犯罪を想定)は最も指摘されやすいです。ただ、実際のところ、オールジェンダートイレによって女性を含むあらゆる利用者の危険性が増加するという証拠はありません。

えっ!?!?!?
じゃあなんで今のトイレは男女別になってるんですかね?
性犯罪や女性に対する嫌がらせがあって男女別になったのでは???

子どもや女性がこの状態のトイレを安心して使えるということ……??
これは歌舞伎町タワーのジェンダーレストイレの例だが、このように一部の男性はとても性善説では考えられないような不可解な異常行動をする。

性犯罪の神話として例を挙げれば、「性犯罪被害者にも犯罪を誘った原因がある」「性犯罪の報告は虚偽が多い(冤罪が多い)」「性犯罪の多くは赤の他人が加害者である」「性暴力は身体がデカくて筋力の強い人が常に加害者である」「性犯罪は性的指向に関係がある」など。いずれも事実ではありません。

女性だって女性に加害する例もあるだろうが、性犯罪者の99%以上は男性によっておこなわれるという統計を無視する理由にはならない。

性被害者の男女比をみてみよう。
警視庁 犯罪被害者白書 令和4年版本文 犯罪被害者等施策に関する基礎資料 230ページ にある
「10.特定罪種別 死傷別 被害者数」の「強制性交等罪」「強制わいせつ罪」をみれば被害者がほぼ女性であることが分かる。

性加害者のほとんどが男性で、性被害者のほとんどが女性であることは神話でも何でもなく事実である。
(女性の性加害者や男性の性被害者がいることを否定しているわけではない)

私たちは1日の多くを「自宅」で過ごしています。だから必然的に「自宅」で性暴力に遭いやすくなります。逆に「トイレ」は1日で過ごす時間がほんのわずかしかないのでそこで報告される性暴力の件数も少なくなります。「自宅」は最もプライベートな空間ですが、「プライベートであること」は「安全」を意味しないことが実際の犯罪統計からよくわかります。性犯罪はどうしてもセンセーショナルなイメージだけで偏って認識しがちですが、性犯罪は24時間どこでも起きるものであり、この事実こそ性犯罪対策の土台にしないと全ての被害を防げません。

「自宅」だけなく、働いていて在宅勤務じゃないひとは「職場」や学生の場合は「学校」も一日の多くを過ごす場所になるのでは?
あと公共圏と親密圏の区別、ついてますか?

オールジェンダートイレに話を戻しますが、オールジェンダートイレにはメリットも指摘されています。まず混雑の解消、とくに女性は利用できる個室が増えるので長蛇の列を低減できると説明されることが多いです。

では『存在しない女たち』を見てみましょう。
(この本は読んでいて付箋だらけになるほど読みごたえがあり、今まで書いてきたnoteでも何度も引用するくらい本当にオススメです)

ちょっと長いですが引用します。

だが、その晩はいつもとは違った。さらにひどかったのだ――とんでもなく長い行列ができていた。バービガン・センターが女性のことなどこれっぽちも考えていないのが、滑稽なほどあからさまになった。トイレの「男性」と「女性」のマークを「ジェンダー・ニュートラル小便器」と「ジェンダー・ニュートラル個室」に置き換え、どちらもジェンダー・ニュートラルなトイレに変更してしまったのだ。その結果、「ジェンダー・ニュートラル小便器」を利用しているのは男性だけで、「ジェンダー・ニュートラル個室」は男性も女性も利用していた。
この方法はトイレのジェンダー・ニュートラルを実現するどころか、たんに男性が利用できるトイレを増やしただけだった。女性が小便器を使うのはほとんど無理だが、男性は当然ながら小便器も個室も使える。しかも「ジェンダー・ニュートラル小便器」のほうにはサニタリー・ボックスもなかった。

『存在しない女たち』p.61~p.62

>「小便器」用のスペースも含めて「オールジェンダートイレ」です。
と主張しているシネマンドレイクさんは、まさしく「ジェンダー・ニュートラルな小便器」という考え方をしているのだと推測するが、その結果は『存在しない女たち』から引用した通りあきらかだ。

「ジェンダー・ニュートラルな小便器」と「ジェンダー・ニュートラルな個室」を使える男性たちと違って、「ジェンダー・ニュートラルな小便器」を使えない女性たちは「ジェンダー・ニュートラルな個室」の行列に黙って並ぶしかない。

基本的に今のトイレは「防犯環境設計(CPTED)」に基づいて設計されることが多いですが

小宮信夫教授による犯罪機会論に基づいた防犯環境設計では「男性用と女性用の出入り口を近接させない」とあり、男女を厳密に区別するこの仕様は、オールジェンダートイレの方針と正反対です。

それでも大衆が「オールジェンダー」という空間に異質さを感じてしまうのは単に慣れていないと思ってしまうからなのか…。でも冷静に考えると、私たちは日々、オフィス、教室、飲食店、図書館…あらゆる場所の「オールジェンダー」な空間で過ごしています。公共の場所のほとんどは「オールジェンダー・スペース」で、思ったほど特殊でもないです。

「思ったほど特殊でもない」とか、今さらなに当たり前の話をいっているのだろう。
女性スペースが問題となっているのは「トイレ・更衣室・浴場」など、女性が特に無防備になる場所だ。オフィス・教室・飲食店・図書館などと一緒にしてもらっては困る。

反トランス論者や団体が論争にトイレを好んで用いてくるのは、「性犯罪を黙認するのか!」と突きつければ、良識的な人ほど居心地が悪くなって反論しづらくなることを熟知しているからです。こんな非難の中で矢面に立つのは誰でも心苦しいです。そして「性犯罪」を持ち出されると多くが慎重になります。「性犯罪の問題は無視できないよね」と手を止めます。

性犯罪の問題を無視できないのは当然のことだ。
ジェンダーとセックス、公共圏と親密圏を混同し、性善説に基づいたシステムの運用では性犯罪が起きやすくなるという女性たちの懸念を振り払ってまで、トイレのオールジェンダー化を推進することは、女性たちの生存権をおびやかして、公共の福祉に反するということを自覚してほしい。

おわりに

はぁ、はぁ、ここまで書いて本当に疲れた。
なぜわたしはこんなことをやっているのだろう。
あっ、そうだ、そもそも、依田花蓮さんが

不安を感じている女性の皆さん♡
かなり長いのですが、ぜひ、こちらの論考をお読み頂けたらと思います。

依田花蓮さんのツイートより

ってシネマンドレイクさんの「論考」を勧めてたからだった。

わたしは腰を据えてちゃんと読んでみたところ、いいたいことが止まらなくなってしまってこの記事を書くことになったのですが、依田花蓮さんはこの「論考」をお読みになったのか疑問に思う。
「女性でも小便器を使える」って、本当にそう思ってます?本当に??

以下、怒涛の陰謀論編が始まる――

とするつもりだったけど、もう1.4万字だし、このままだと2万字オーバーになってしまいそうで、読む人の集中力も切れそうだし、というかわたしの集中力が限界を迎えた。

ちなみに陰謀論編は海外情報多めで、

5.「アイツはトランスジェンダーだ」陰謀論(初耳)
6.「トランスジェンダーがスポーツで勝ちまくっている」陰謀論
7.「トランスジェンダーの子どもの数が増えている」陰謀論
8.「グルーミング」陰謀論
9.「トランスジェンダーはレズビアンを脅かす」陰謀論
10.「アセクシュアルになってしまう」陰謀論(半分は初耳)
11.「猫のトイレ」陰謀論(初耳)

このように、初めてきいたような「陰謀論」もあったので、今回は特に自分が言及できる前半に絞るものとした。
怒涛の陰謀論編は、海外情報に強くて奇特な方がどなたかいらっしゃれば、お任せしたいと思います。

以上です。

いただいたサポートはアウトプットという形で還元できるよう活かしたいと思います💪🏻