十二月大歌舞伎「爪王」
演目発表後の巡業のトークコーナーでの勘九郎さん七之助さんのお話で俄然興味が湧いた「爪王」
「一ヶ月かけるような演目ではない」「まあ若い頃の七之助くんめっちゃ動くんですよ!もういいよ~ってくらい動く」、しかし今では「ストレートのド直球でなく変化球で速くみせる術を身につけてきている…」云々
一体どんな…と思いつつ、期待値があがりすぎるといざ観てみるとそんなでも…ということもよくあるからな…くらいの気持ちで観にいった
さて実際は…
言葉にできないほどすばらしかった…(でも言葉にしないと伝わらないので拙いながら感想を…)
まず、吹雪と赤狐の表情(お顔も身体全体も)が本当に良い。そして、なんといっても決してケモノの擬人化ではなく、力強く美しい舞踊でリアルな鷹と狐の闘いを表現されているのが秀逸
吹雪が狐と闘う前、まだ恐れを知らないときの無邪気にキリッとしたお顔(若いころの根拠のないキラキラとした自信に満ちあふれている)と、初戦でぼろぼろに敗れて死の寸前まで傷ついて狐の強さ怖さも十二分に知ったけれども、それでも、そこから鷹匠と訓練を重ねて力をつけ、決して恐れることなく新たな自信を胸に立ち向かうお顔がまるで違う…。言葉にすると同じ「キリッ」なんだけど…違うの…もう全然…
仕草も、最初のほうは袖先をくるんと丸めたような全体的に柔らかくて幼い雰囲気なのに、ラストは物凄く大きく本当に王者の風格をまとっている(きらびやかな金の衣裳はあくまで補助的なもの。内面から滲み出る誇りや気高さがびしびし伝わってくる)
赤狐も、最初は若い吹雪にちょっかいを出す程度だったのが(登場のときも爪先で雪をちょちょいといじって跳ねあげる仕草とか本当に可愛いんだよ…!)、だんだんと吹雪をいたぶるのが愉しくなったような表情になっていくのがぞっとする。再戦でやはり吹雪をなめてかかったものの前とは違う強さに気が付き今度は怯えるような顔になるのがたまらない。すっぽんでの去り際の口惜しさを滲ませつつも不敵な雰囲気のお顔もものすごい余韻を残していく。すっぽんぎりぎりにあの海老反りではけてくのも凄い…(初戦ではけていくときは、余裕の大跳躍で姿を隠すのでその対比も面白かった)
勘九郎さんのお芝居本当に上手いというか凄いと思ったのは、花道横の席になったとき。ちょうど吹雪と赤狐が闘っているときに目線がまっすぐにくる列だったのだけれど、自分が抱いたのは贔屓の役者を目の前にして浮足立つ華やかな感情ではなくてまさに恐怖。あそこにいたのは中村勘九郎という役者ではなく確実に野生の獣だったと思う。あの姿をみてさらに勘九郎のお芝居をもっともっと観たくなった
そういえば、闘いの最中の狐の動き(膝で所作台を打ち鳴らしながら移動するやつ)、途中から音を出さなくなったの、あれはコンディション的な理由による変更なのかな?私は、雪の静寂を感じて良いなと思ったのだけれど…
そして、彦三郎さんの声で表現される鷹匠と吹雪の絆も素晴らしかった。それは本当に限られた台詞の量の中で…(考えたら台詞は鷹匠と庄屋さんだけなんだよなあ。それなのに通し狂言を観たあとのようなこの満足感は何なのだろう)
彦三郎さんは素晴らしくよく通るお声の役者さんだと思うのだけれど、消えた吹雪を探すときの声はとぎれとぎれで、あれだけで悪天候のなか必死で呼ばわっているのが表現されている(しかもものすごく心細さを感じさせるようなお声なのに三階まできちんと聴こえるのが本当に不思議)
吹雪を必死で探す声、帰ってこない吹雪を独り待つ哀しみ、吹雪が戻ってきた喜びと傷だらけの姿を目のあたりにした絶望にも思われる感情が綯い交ぜになったような表情が素晴らしかった。それだけに、元気にぱたぱたする吹雪の姿が暗転から現れたとき、客席が皆「良かった…良かったねえ…」となっているのが伝わってきた。ラストも、吹雪と鷹匠の誇らしげで嬉しそうなお顔をみるだけで何とも幸せな気持ちに…。舞踊でここまで感情を揺さぶられる作品にはなかなか出会えないと思う
初回観てから原作を読んでみたのだが、おとぎ話やふわっとした昔話ではなく骨太の動物文学だった。よくぞこれを舞踊にしようと考えたなあ…。舞踊ではカットされている親世代からの角鷹の生態、仔鷹の成長、捕まった若鷹が野生と決別し鷹匠と絆を深めていく様子が深く描かれている。衰退していく鷹狩りの歴史の中での鷹匠としての誇り、そして吹雪を失ったら自分には次また鷹を育成することはできないだろうという一世一代の覚悟。おそらく今回の舞踊を観なければ手に取ることはなかったと思う。こうやって歌舞伎から興味が広がっていくのも楽しい
若い頃より身体が動かなくなったとしても、役者としての経験により身に付けた新たな表現で、今よりもさらに…というかまた違った円熟味がでてくる演目なのではないかと、これからがとても楽しみ。さすがに勘九郎さんも「一ヶ月やるような演目じゃない」仰っていたので、巡業などでやってくれてどこかでまた観る機会に恵まれたら嬉しいなあ。『爪王』本当に好き!